第111話

 休憩室スペースで昼食を済ませると、楓と村瀬は採点を始めました。その間、彩音たちは図書館の中をウロウロしています。

 渉美だけは午後から部活の練習があるということで、昼食を一緒にしてから学園に向かいます。


 学園にある図書館しか知らなかったので、色々な用途で使われている様子を見ていて楽しんでしました。小さな子どもからお年寄りが、それぞれに本を読んでいる姿を新鮮に感じています。


「とりあえず終わったから、来てくれ。」


 楓が呼びに来て、元いた場所に戻りました。

 彩音も、これからの選択に係わることになるので採点結果は気になってドキドキしていました。澪や悠花も同じです。


「えっと、どこの高校を選んでも大丈夫だと思います。……もちろん、これから勉強をサボらないことが前提ですけどね。」


「……どこの高校も、って言い方は過大評価じゃないのか?それだと、もっと努力しないと無理だろ?」


 村瀬の評価に楓が横槍を入れます。安心させるための気遣いも一蹴されてしまい、村瀬は楓を見ました。


「僕は、これでも結構頑張ったと思うんだけど、友人の休日を奪っておいて随分な態度だね?」


「……まぁ、それについては感謝してる。」


「感謝はしてくれているんだ?」


「もちろん、してるさ。俺だと問題とか用意することは出来ないからな。お前のおかげだと思ってるって。」


 彩音たちは楓が男友達とやり取りしている様子を眺めていました。いつもの雰囲気とは違った楓の態度を見ていて、楽しい気分になってしまいます。

 そんな会話の中、村瀬がチラリと彩音を見ました。


「……頭を使った後は糖分補給が必要だと思うんだけど、楓はどう思う?」


「はぁ?糖分補給?……それって、何か買ってこいってことか?」


「奢ってくれとは言わないよ。ちゃんとお金は払うさ。」


「いや、それは大丈夫だけど……。」


 浩太郎から預かっている資金も残っていました。彩音たちのために動いたのであれば使っても良いと考えています。


「ちょっと離れてはいるけど、コンビニもあっただろ?」


「……分かった。それじゃぁ、待っててくれ。」


 彩音は、先送りになっていた買い物のチャンスと考えて、立ち上がろうとしましたが、村瀬が止めます。


「あっ、皆さんには今日の問題についての話があるので、買い物は楓に任せましょう。」


「そうだな。今日の目的は受験の話だから、こいつといてくれ。」


 楓にも止められてしまい彩音は少しだけ不満気に座り直して、楓は図書館を出ていきました。

 楓を見送ってから、村瀬は再び話を始めます。


「……楓が戻ってくるまで時間が限られているので、九条さんにお話しておきたいことがあるんですがいいですか?」


「えっ?彩音さんにお話ですか?……勉強のお話ではないんですか?」


 楓を追いやってから彩音に話し始めたので、悠花が警戒して聞きました。


「はい。勉強の話は楓がいても出来ます。九条さんにお願いしたいことがあるので、申し訳ありませんが他の方は待っていてもらえませんか。」


「……私にお願いとは一体何でしょうか?お聞きします。」


「ありがとう。こんなチャンスは滅多にないんで、助かります。」


 真剣な顔の村瀬と彩音の会話を澪と悠花は黙って聞くことにしました。千和と沙織は睨みつけるように村瀬を見ていました。


 村瀬の父親が九条グループであることが嫌な前フリであるような気がしていたからです。九条浩太郎の娘と直接話を出来る機会を利用しているのであれば彩音を連れ出さなければいけませんでした。

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