第104話
「嫌味なことに、運動神経だけじゃなくて成績もずっとトップなんですよ。」
「あっ、やっぱり、そうなんですわね。」
嫌味と言いながらも、笑顔で話をする芽衣。そのことは浩太郎も言っておりましたが、彩音には少し疑問も残っています。
楓の母親が千和の兄の会社で働き始めることにもなり、状況は変わっているはず。それでも、楓は進学をしない意思を変えることがありませんでした。
「……そんなことよりも、佐々木のところへ行かなくていいのか?」
「邪魔者扱いするんだ?」
「そうじゃないけど、応援に来たんだろ?」
「うん。そうだね。……じゃぁ、ちょっと行ってくるよ。」
すると、今度は芽衣が彩音に話しかけました。
「あのぅ、迷惑じゃなかったら、この後もご一緒して大丈夫ですか?」
「えっ?あっ、はい。もちろんですわ。」
彩音は咄嗟に答えていましたが、澪と悠花の頭の中には『宣戦布告』の文字が浮かんでドキドキが止まりません。
恋愛感情があるのかは分からないまでも、彩音にとって楓が特別な存在になるつつあることは感じ取っています。そのことを二人は心の奥底で歓迎していたのです。
芽衣が一旦立ち去った後、女性陣の異様な雰囲気に困惑してしまいます。
「……何だか、不自然じゃない?」
「そんなことはございませんよ、普段通りですわ。」
取り繕うように笑ったり、変な動きをしたりして、明らかに不自然な様子になっていました。楓は納得していな感じで『そうか?』とだけ返します。
「それで、新谷さんとは話せたの?……何も持ってないってことは、ちゃんと渡せたのか?」
「はい。……ちょっとしたトラブル?はありましたけれど、気持ちをお届けすることは出来ましたわ。」
「……気持ちを届けてきたんだ。まぁ、上手くいったのなら、何よりだよ。」
楓は柵の前から移動してベンチに座りました。
「九条さんも座ったら?」
楓が珍しく隣りに座るように声をかけてきました。何も言われなくれも隣りに座っていたかもしれませんが、改まって促されると照れてしまいます。
澪と悠花は少し離れた場所に座り、千和と沙織は紅葉を連れて練習している選手を眺めるために移動していました。
「死んだ父親が会社を作った時、知り合いに借金をしてたんだ。」
「えっ?……突然どうされたんですか?」
「気になってるんだろ?俺が社長の誘いを断った理由。」
「……それは……。」
そのことは気になっていましたが、楓が脈絡なく語り始めたので困惑してしまいます。
「別に恨んでるとかじゃないから大丈夫だよ。父さんのことは大好きだったんだ。病気で苦しいはずなのに、ずっと笑顔で頑張ってくれてたのを覚えてる。」
「……ご病気だったんですね?」
「人から裏切られたことのダメージも重なったみたいで、気付いた時には手遅れだったみたい。」
楓は、千和や沙織と燥いでいる紅葉の方を見てから話を続けます。
「だから、ちゃんとしておきたいんだ。紅葉には不自由な想いをさせたくない。そんな嫌な話を紅葉が理解する前に、俺が全部を終わらせるつもりでいる。」
「それで進学をせず、働くことに決められたんですか?」
「あぁ、紅葉に父さんを嫌いになってもらいたくないんだ。ただでさえ紅葉は父さんとの思い出が少ないし。」
「……ですが、楓さんは成績優秀だと久坂さんもおしゃっておりましたわ。」
「働きだしたら、勉強してる時間も取れないからね。やれることはやっておきたかっただけだよ。」
これまで楓が自分のことを話してくれる機会はありませんでしたが、『もう余計なことを考えないでほしい』と釘を刺されているような気分になります。
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