第103話
川島は彩音たちの知らない間に失敗していただけになりましたが、彩音にとって本当の事件は起こっています。
それは、渉美へ応援の言葉を残して楓たちのところへ戻った時に発覚しました。
「えっ!?……楓さん、そちらは?」
競技場の柵の前に立っている楓の横にはツインテールの小柄な女の子が立っており、親し気に話をしていました。
「……楓、さん!?」
その子は楓が名前で呼ばれていることに驚いてしまいます。楓は下を向いて誤魔化していましたが、女の子は茶化すようにして楓の顔を覗き込みます。
「まぁ、妹も一緒だから分かり易くするために名前で呼ばれてるんだよ。最初に知り合ったのは紅葉だからな。」
「ふーん。それだけ?」
「それだけだよ。」
言葉短く否定してから、楓は彩音の方を見て状況の説明をしてくれます。
「……えっと、彼女は久坂芽衣さん。同じ学校の子で、陸上部の友達の応援に来てたんだ。」
「久坂です。初めまして。」
優しそうな笑顔を彩音たちに向けて挨拶をしてきている様子は自然体で可愛らしく、素朴な印象がありました。
「あ、あの……、私、は九条彩音と申します。……よろしくお願い致します。」
澪、悠花、千和、沙織と自己紹介していきましたが、久坂芽衣はニコニコと嬉しそうに聞いています。
これまで彩音は楓の学校の話を聞く機会は少なかったので共学であることを失念していました。楓には楓の生活があったのです。
「水瀬君が聖ユトゥルナ女学園の人と知り合いだなんて疑ってたけど、本当だったんだ……。それに、皆さん、すごく綺麗。」
挨拶を済ませた芽衣は感心するように漏らしました。
「そんなことで嘘を言っても意味ないだろ?……本当に付き添いで来てたんだよ。」
「……付き添い。」
事実、付き添いをお願いしていた彩音でしたが、楓が芽衣に言い切ってしまうと寂しくなってしまいます。
彩音は、ずっと女子校だったので、楓と芽衣の親密度を測りかねていました。彩音と話をする時と態度が変わらないので、比較することも出来ずオロオロしています。
この彩音の様子を澪と悠花は見逃しませんでした。揺れ動く乙女心として絶対に記録しておきたい瞬間なのです。
そっとスマホを取り出して、録画モードで撮影を開始します。
「わたし、水瀬君を見つけた時に陸上部の頼みを断れなくて、無理やり参加させられるのかと思っちゃった。」
「頼まれはしたけど、断ったよ。」
「運動部の先生たち、残念がってたでしょ?」
「まぁ、部活してる余裕なんてないから、諦めてもらった。」
「そっか……。」
芽衣は寂しそうな顔をして楓を見ました。彩音は、その会話に割り込みたくてウズウズしていましたが、タイミングが計れません。
そんな状況を盗撮している澪・悠花組。紅葉の相手をしながら、チラチラと観察している千和・沙織組。それぞれに妙な緊張感がありました。
「あの、楓さんは運動が得意なんですか?」
後れを取らないように彩音が会話に割り込みます。前世の因縁とは無関係なところで頑張りを見せます。
「人並みには動けるよ。」
「あれを人並みと言ったら、皆が怒ると思うよ。……うちの学校の運動部が軒並み水瀬君の勧誘に失敗してるんです。」
「えっ?……軒並み、と言うことは何度も勧誘されているのですか?」
「ええ、いくつもの部活の顧問や先輩から、何度もしつこくされてました。」
芽衣は、彩音を疎外するような態度は取りませんでした。寧ろ、楓のことを聞いてほしいような雰囲気があります。
そこに『あなたの知らない水瀬楓をわたしは知っている』的な感じはなく、芽衣は楓のことを彩音に伝えようとしました。
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