第102話

「……美鈴さん、大丈夫ですか?」


「はい、平気です。お騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした。」


 沙織が美鈴に話しかけましたが、親し気な様子です。


「えっ?……沙織さん、お知り合いだったんですか?」


「ええ、2年生の柴田美鈴さんで、生徒会の活動で先日お話をしたばかりなんです。」


「そう、だったんですね。」


「……どうかされたんですか?」


 彩音は『何でもありませんよ。』と言いましたが、少し暗い表情になっていたことを沙織は見逃していませんでした。

 些細なことではありましたが、沙織が『先日話をしたばかり』の後輩とトラブルになりかけたことが偶然だったのか気になってしまいます。


「……生徒会で、どんなお話をされたんですか?」


「え?……あっ、はい。修学旅行の記事で、聖ユトゥルナ女学園の評判が悪くなってしまっていることについてです。」


 沙織は、彩音にも話してもいいか柴田に確認を取ってから話を始めました。


「美鈴さんが、地域の清掃活動をしてみたいとご提案くださったのです。」


「……地域の清掃ですか?」


「はい。そんな活動をされている学校のことをお調べになって、生徒会のメンバーと相談されていたんです。」


 彩音が心配するようなことはなく、学園の今後を前向きに考えている内容でした。柴田美鈴は、あの記事の解決策を考えてくれていた一人になります。 


――考え過ぎですね。何でも悪い方に結びつけて考えてしまうのは良くありません。


 生徒会のメンバーは、会長が副会長・書記・会計を指名して決まります。書記と会計に決まったのは2年生であり、柴田美鈴はそのどちらかの友達だった可能性があります。


――余計なことを考えていないで、今日は渉美さんの応援に専念しなくてはダメですね。



 実際には余計な考えではなく、柴田美鈴の父親に差し入れをするように進言したのは川島郁也だったのです。柴田美鈴が生徒会の活動に提案をしていたことも含めて、川島の狙いになっていました。


「……どうして、九条彩音たちが来ているんだ?……九条邸から車が出発したら連絡するように見張らせておいたはずなのに、役立たずどもが。」


 彩音たちが電車で来る情報まで得ていなかったので、役立たずではありません。車が出入りする門だけを見張っているので、別の門から徒歩で出かけた彩音を発見することはありませんでした。


「それに、あの保冷トラックはどうしたんだ?せっかく用意してあるのに、どうしてコンビニなんかで買って来てるんだ?」


 全てが思惑から外れてしまいイライラが止まりません。


 今回は、彩音か柴田美鈴のどちらか一方だけでも他の生徒から不興を買えば良かったのです。上手くすれば二人とも嫌われる可能性もあり、朝までは予定通りに進んでいました。


――柴田美鈴の父親が高慢なのは有名で、人選は間違っていなかったはず。そこに、あんな保冷トラックで九条彩音が登場すれば、もっと嫌味な存在になっていたんだ。


 川島は、九条邸に用意された車を発見して喜んでいました。

 渉美の応援に来る情報を得ていましたが、嫌味な差し入れで彩音たちが自爆してくれると考えたからです。


――柴田の父親が高慢な態度で嫌われれば、柴田が主導する地域清掃に参加する生徒は誰もいなくなる。そうすれば、倉本沙織の誘いで参加する九条彩音も惨めな姿を晒すことになる。


 地味な計画ではありますが、少しでもダメージを与えておきたかったので苦肉の策になっていました。


「俺は完璧に機能している……。失敗するのは計画が幼稚なだけで、俺は悪くない。」


 これまで失敗続きで、自分を完璧だと思い込んでいる川島は吐き捨てるように責任転嫁しました。

 ただ、今回は周りの生徒が柴田美鈴に同情するような形になり、彩音のイメージアップを手助けしたことになります。



 川島は、彩音たちが見える場所から離れて、観客席を見渡していると楓を発見しました。


「……アイツ、やっぱり一緒だったのか。……クソッ!」


 また文句を言われることを分かっていながら川島はスマホを取り出して連絡することにしました。

 彩音たちは気付かないうちに難を逃れてしまいました。

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