第101話

「……あぁ、美鈴。そんな安物のスポーツドリンクは処分してあげるから、皆さんにこちらをお渡しして。」


「貧乏くさい……とか、安物とか嫌なこと言わないで、パパ。」


「いや、事実だろ?お前たちは庶民が口にするような物を口にしていてはダメなんだ。……そんな、どこにでも売っているような物はわたしから見ればゴミ同然。」


「もう止めて!!そういう事じゃないんだから!……そんな酷い言い方しないでよ!」


「……えっ?……どうしたんだ、美鈴?」


「もう帰ってよ!……帰って!!」


 美鈴と呼ばれたポニーテールの小柄な女の子はボロボロと泣き始めて、叫ぶように抗議しました。周囲で準備していた他校の生徒たちからも注目されてしまうくらいに大きな声でした。


「帰れって、お前……。せっかく……。」


「パパなんて大嫌い!ここから居なくなってよ!!」


 美鈴の父親は、娘から厳しい言葉を投げつけられてあたふたしていました。精神的なダメージも大きく、どうすればいいのか分からないでいます。

 保冷バッグを持った男たちも、荷物を降ろすことも出来ずキョロキョロして指示を待つしかありません。


「彩音様、申し訳ございません。……父が、申し訳ございませんでした。」


 美鈴は涙を流しながら彩音の前に立って、謝罪の言葉を繰り返します。

 彩音はハンカチを取り出して美鈴に差し出しながら、美鈴の肩に優しく手を置きました。


「大丈夫です。私に謝ることなどありませんわ。……せっかくお父様が応援に来てくださっているのですから、気になさらないでください。」


「ですが、彩音様がお持ちくださった物に、父は酷いことを言ってしまいました。私たちは彩音様のお気持ちが嬉しかったのに、台無しにしてしまいました。」


「ありがとうございます。応援する気持ちを受け取ってくれただけで、私は十分です。きっと、お父様もあなたを応援したいお気持ちは同じですわ。あまり責めないであげてくださいね。」


 彩音に美鈴の父親を非難する資格はないと考えていました。もしかすると、保冷トラックで派手に登場して、メイドたちが差し入れを渡すだけの作業になっていたかもしれません。


 楓からコンビニの袋を渡された時、正直『こんな物』で喜んでもらえるのか不安もありました。

 そんな時、紅葉がお見舞いに来てくれた時に持ってきてくれた小さな花束が嬉しかったことを思い出したのです。いつも豪華な花束ばかりを受け取っていた彩音が、紅葉から渡された花の方が嬉しく感じていました。


――紅葉さんが、この気持ちを教えてくれた。


 だから、美鈴の父親も『知らなかった』だけで、彩音と同じだと考えています。


「さぁ、涙を拭いてください。応援に来てくださったお父様に、『帰れ』なんて言ってしまっては、皆も悲しくなってしまいますわ。」


「……はい。」


 オロオロしていた美鈴の父親は、二人の会話を聞いて肩を落としていました。勢いよく登場した態度は一変しています。


「……お父様……、ゴメンなさい。」


「あっ、いや……、わたしの方こそ、すまなかったな。……そのドリンク、その方たちが持ってきてくれた物だったのか?」


「うん。」


「……そうか。いや、違ったとしても、他を貶める発言は良くなかった。……本当に申し訳ないことをした。」


 美鈴の父親は、彩音たちや陸上部の皆に向きを変えながら『申し訳なかった』と小さく何度も頭を下げました。

 その姿を見て、彩音は美鈴の父親も方法を間違えただけだと確信します。応援したいと思っていたことは同じなのです。


 周囲の人たちも、だんだんと笑顔になっており、素直に反省している美鈴の父親を受け入れ始めます。

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