第99話
「俺はここで待ってるから、皆で持って行ってあげて。」
楓はペットボトルが大量に入った袋を渡しました。楓が3袋、沙織が2袋で合計5袋に分けてあり、それぞれに持つことが出来ます。
彩音が手にした袋を開いて中を確認します。
「普通のスポーツドリンクだよ。」
「……スポーツドリンク?」
「体液に近い成分の成分で作られていて、運動した時の水分補給に適した飲み物だよ。」
楓は抵抗なく説明を加えてくれます。彩音たちも運動はしますが、用意された飲み物を口にするだけで詳しくは知りませんでした。
「……冷やしていなくても大丈夫なのですか?」
「あまり冷た過ぎない方がいい。今日はそれほど暑くないから、ちょうどいいんじゃなかな。」
彩音は、手に持っている袋と保冷トラックの差に戸惑っていました。保冷トラックで用意されていた物も飲み物だったのですが、規模が大きく違っていました。
「あんなトラックで振舞うよりも、九条さんたちが直接手渡しすることに意味があるんだ。『頑張れ』とか言って、気持ちを込めることに価値がある。」
「……手渡しすることに意味があるんですか?」
「そうですわ。お一人お一人に手渡しすることで、彩音さんの気持ちが伝わるんです。」
「そういうものなのですね。」
沙織が優しい笑顔で言ってくれた後、彩音は袋の中にあるペットボトルに視線を落としました。すると、頭の中に話し声が聞こえてきます。
『ソフィア様のされていることって形ばかりで、お気持ちが全然込められていませんわ。』
『ほら、ソフィア様はあちらにお座りのままです。執事に届けさせて終わりなんて、私たちのことをバカにしているんです。』
彩音は慌ててキョロキョロと周囲を見回しました。青ざめた顔色で突然の行動に、皆は何が起こったのか分からずに驚いていました。
「……どうかされましたか?」
澪と悠花が心配して彩音に声をかけてきました。この二人には聞こえていなかったことになります。
「彩音さん、大丈夫ですか?」
沙織も不安げな様子で彩音を見ていました。
「……バカになどしていませんでした。……私は知らなかったのです。ただ知らなかっただけなのです。」
「えっ!?」
脈絡のない話になってしまい、周囲は困惑していました。沙織も何の話なのか理解が追いついていません。
彩音だけに聞こえていた会話では『ソフィア』と呼ばれていました。ソフィアだった時に言われていた陰口が、頭の中に響いていたのです。
彩音は、鼓動が早くなり、息苦しさを感じていました。急に襲ってきた不安と向き合うことが出来ていな状態です。
すると、沙織が彩音の手を握ってきました。
「……大丈夫です。……ちゃんと分かっております。」
沙織が優しく言ってくれます。
そして、澪、悠花、千和も寄り添ってくれていました。
「九条さんに知らないことが多いなんて、今更言わなくても分かってることなんだから、そんなに怯えなくても大丈夫だって。」
「えっ、そ、そんなつもりで言ったわけではありませんよ、彩音様。……楓さん、変なことを言わないでください。」
雰囲気を台無しにしたことで、楓は皆から睨まれてしまいました。
「違うのか?」
「も、もちろんです……。そ、そんなことは、思っておりませんわ。」
「その割には、動揺してるみたいだけど?」
「動揺なんてしておりません!」
沙織は楓に反論した瞬間、『あれ?』という顔を見せます。このやり取りに何かを感じている様子でした。
それでも、彩音は今の自分がソフィアとは違うことが実感できていました。周りには間違いを正してくれる人がいてくれて、支えてくれる人もいる。
――あなたが歩けなかった道を、私は必ず歩いてみせます。
彩音は気持ちを落ち着けることが出来ました。
「……沙織さん、ありがとうございます。……ですが、彩音『様』とお呼びになっておりましたわよ。」
「あっ!」
思わず呼んでしまっていたことに気付きました。そのことを聞き逃していなかった彩音に皆は驚いてしまいます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます