第98話
「沙織さんには、お優しいんですね?」
「『お優しい』って、ただ相談を聞くだけだろ?そのついでに、コンビニに行くだけだよ。……あれ?逆か?」
「えっ!?申し訳ございませんでした。生徒会で検討していることがあるのですが、私も分からないことがありまして……。」
「あっ、沙織さんはお気になさらないでください。」
これで慌てたのは沙織でしたが、沙織に対して怒っていたり不機嫌にはなっていないようです。
「今回は電車がメインだろ?買い物は次の機会に時間をかけて説明するから、こっちで新谷さんを応援してあげないと。」
「……分かりました。お約束しましたからね。」
二人のやり取りを聞いていて沙織はクスクスと笑っています。少しずつでも打ち解けられている沙織の笑顔は彩音・澪・悠花にとって特別な感じがしていました。
「なぁ、聖ユトゥルナ女学園の観戦スタイルって、皆があんな感じなのか?」
「……いえ、そんなことはありませんよ。」
買い出しと沙織からの相談を聞き終えて戻ってきた楓が発見したのは、およそ同級生の応援に来ているとは思えない姿でした。
観客席で日傘を差して、ハンドル付きのオペラグラスを持った三人が選手たちを眺めています。この場には似つかわしくない優雅な雰囲気であり、周囲で観戦している生徒たちがチラチラと見ていました。
「んっ?……紅葉までオペラグラスを持っているのか?」
彩音の隣にいる紅葉も同じようにオペラグラスを構えています。妹の適応能力の高さに楓は感心してしまいました。
そんな様子を少し離れた場所から眺めていた時、沙織が唐突に話を始めます。
「私、彩音様……、彩音さんのことが嫌いだったんです。」
「んっ?……まぁ、仕方ないんじゃない?でも、どんなところが嫌いだったの?」
「それがよく分からないんです。何もしていないのに特別扱いされているところを嫌っていたんだと思っていましたが、違う気がしています。……今では、よく分からずに嫌っていたんです。」
沙織が過去を振り返るように話をしていました。他人に話すのは初めての内容でした。
「勝手な思い込みで嫌っていただけかもしれませし、何か別の理由があったのかもしれません。」
「単なる苦手意識ってやつかもな。」
「……楓さんのことも同じでした。最初にご挨拶させていただいた時、なんだか嫌な感情が湧き上がってきました。」
「普通は、そういうことを本人に伝えないと思うんだけど?」
「でも、突然こんなことを言われても驚かないんですね?普通は、こんなことを言われたら驚くと思いますよ。」
「……そうかな?」
楓と沙織の会話は、そこで途切れました。オペラグラスが自分たちに向けられていることに気付いてしまったからです。
横には千和もいて、こちらに小さく手を振っていました。よく見ると千和も少し困り顔で、早く戻ってきてほしかったようです。
「合流した方が良さそうだ。」
「そうですね。……あっ、あと、今は苦手意識なんてありませんから安心してくださいね。」
楓は沙織の言葉には答えずに歩き始めて、皆のところに近付いていきました。
「……お待たせ。……紅葉、お前それどうしたんだ?」
「お姉ちゃんが貸してくれたよ。コレ、すごく大きくなって見えるんだよ。」
「そうかもしれないけど、今日は普通に見ような。」
紅葉に話しかけるフリをしながら、横に立って至近距離からオペラグラス越しに楓を見ている彩音に言っていました。
無言の圧力をかけられているようで、たじろいでしまいます。
「……新谷さんのところに持って行きな。」
楓は、持っていたペットボトルが何本も入った袋を彩音の前に差し出しました。
「はい。大変助かりました、ありがとうございます。」
オペラグラスを顔の前からずらして、彩音は笑顔を見せます。
圧力をかけているつもりはなく、彩音はこの場の雰囲気を単純に楽しんでいるだけでした。
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