第89話
「それにしても、楓さんが私の教育係になってくださるなんて驚きました。」
「そんなわけないだろ。あれは社長が理事長を抑え込むための詭弁だろ。俺も驚いたけど、あの場で否定するのを避けただけで、そんなことにはならないよ。」
「あっ、違ったんですね。」
彩音は少しガッカリしましたが、事前に相談された話でないことは楓の態度で分かっていました。
理事長との話を円滑に進めるための嘘と考える方が自然です。
「んっ?……わたしは、本気で言ったんだが?」
「はぁ!?」「えっ!?」
平然と語る浩太郎の言葉に、二人同時に驚かされました。
また、どさくさに紛れて強引な方法で話を進めようとしていました。
「優秀な人材が目の前にいるチャンスを見逃すようでは、ビジネスは成功しないんだ。」
「優秀な人材って……。」
「わたしは、そう見込んでいる。おそらく、彩音も同じように考えているんじゃなかな?」
「はい。今も色々と相談に乗っていただいております。」
「ちょっと話し相手になってるだけで、俺は優秀なんかじゃありません。勝手に見込まないでくれませんか。」
彩音に比較対象できる同年代の男友達はいませんでしたが、それでも楓が違っていると感じていました。
そして、浩太郎は最初から楓に対する接し方が違っています。何らかの考えはあるのかもしれませんが、本心で語っているはずでした。
「学費はこちらが負担するし、当然給料も出すつもりだ。楓君にとって、悪い提案ではないと思うんだが?」
「そこまでしてもらう理由がありません。」
「理由は、理事長に伝えた通りの内容だ。君ほどの適任者はいないと思っている。これまで仕事を手伝ってもらった報酬でもあるんだから、受け取ってもらわないと困ってしまう。」
「もう進学するつもりはないんです。社長のことを手伝ったのは、限定的な話だったはずですよ。」
「だから今、正式な話をしている。」
浩太郎は真剣な顔で楓を見ていました。冗談で言っているのではないことが伝わってきます。それでも楓は迷うことなく答えを出しました。
「では、正式にお断りさせていただきます。……これまでお手伝いした分は、俺が好きでやったことなので報酬は必要ありません。」
「どうして?」
「俺は卑屈になりたくないんです。だから、施しは受けたくありません。」
「施しではない、楓君に仕事を頼みたいだけだ。卑屈になる理由はどこにもないはずだよ。」
「俺には、施しを受けているとしか思えません。それに……。」
「『それに』……、何だい?」
「いえ、何でもありません。……とにかく、ご厚意はありがとうございます。でも、お断りします。」
「……ふぅ……。そうか、とても残念だよ。」
「申し訳ありません。」
もっと強引に押し切ってしまうかと思いましたが、浩太郎は意外にあっさりと引き下がりました。楓が苦しそうな表情になっていたので、これ以上の話をすることは避けたのかもしれません。
「だが、娘の進学については相談相手になってもらえないだろうか?娘は、今通っている学園以外の情報がないんだ。」
「……それくらいなら、構いません。」
ただ、彩音は浩太郎が可能性を示してくれたことを理解していました。父娘はお互いの顔を見て頷き合います。
これで終わりではありません。
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