第86話

「そ、それは……、外部受験、をすると言うことですか?」


 言葉が出なくなっている理事長に代わって川島が質問をしました。寄付金を狙っていただけの理事長からすれば、全く予期していない事態に陥ったことになります。


「はい。私がいることで、聖ユトゥルナ女学園にご迷惑をおかけしてしまっているようなので、最善の解決策だと思います。」


「いえ……、えっ?……そんなことには……。」


 明らかに混乱している様子で、何を言えばいいのか分からなくなっています。


「いいえ、それは違います!……こんなことくらいで、人生の大切な決断を誤ってはいけません!!」


 何とか気を取り直した理事長が慌てて止めに入ります。


「こんなことくらい、ではありませんわ。試験のことや生徒会のこと、私がいることで周りにご迷惑をおかけしてしまっていることは分かっております。きちんと考えた末の結論です。」


「あっ……。」


 これまでのことを全て知っていることを彩音は理事長に伝えました。驚いている理事長の横で、川島が苦々しい表情で理事長をチラリと睨んだ瞬間を楓は見逃しません。


「……で、ですが、このことは時間をかけて決めることで、ご、ご家族の方ともお話をしないと……。」


 理事長は彩音と浩太郎を交互に見て、浩太郎からの返答を丸しかありませんでした。


「娘は『考えた末の結論』と言ってます。ちゃんと時間をかけて考えた結論であれば、わたしは娘の考えを指示します。」


「えっ!?お父様?」


「お母さんとも話をしていたが、薄々分かってはいたさ。」


 親の勘とでも言うべきかもしれませんが、浩太郎が親として彩音を見ていてくれた証拠になります。浩太郎は、彩音に自分の意思を伝えさせるために発言させていました。


「いいえ、やはり、そんなことは認められません!……これまでの常識とは全く違う世界になるんですよ。セキュリティだって、当学園と比べれば無いに等しい学校ばかりなんです。彩音さんが適応できるはずありません!」


 状況を飲み込み始めていた理事長は、かなり慌てていました。このままでは『九条家の一人娘』を手放すことになってしまうのです。


「あぁ、その点は心配いりません。わたしも、娘がズレていることを指摘してくれた人を教育係に雇うつもりでおります。もちろん、警護も兼任してもらうつもりです。」


 浩太郎は振り返って楓を見ました。彩音も驚いて楓を見ます。


――そんなことまで楓さんとお話されていたんですか?


 心の中で浩太郎に問いかけながら楓を見ましたが、とても事前に話をされていたとは思えない戸惑いの表情をしています。

 また浩太郎が、この場の勢いで強引に話を進めていることが彩音にも理解出来ました。


「彼、水瀬楓君を、彩音と同じ高校に通わせれば問題ありませんので、ご心配には及びません。」


「えっ!?……しゃ、社長?」


 楓が慌てて何か言おうとしましたが、浩太郎が手をかざして制止してしまいます。


「彩音さんは、成績優秀者なんですよ。……か、彼が、同じ学校に合格できるとは、とても思えません。」


「いや、彼は全国でもトップクラスの成績です。彩音の方が、彼の足を引っ張るのではないか心配なくらいですよ。」


「そっ……、べ、勉強はできるかもしれませんが、彩音さんを警護することまでは無理じゃありませんか?」


「今、わたしと行動を共にすることで、鍛えていく予定です。全く不安はありません。」


 理事長が示す不安要素を浩太郎は確実に潰していきました。

 彩音は、浩太郎が思いつきだけで話をしているとは思えませんでしたが、後ろで混乱している楓を見ると訳が分からなくなります。

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