第85話
「……ここまでの話で、彩音は何か言っておくことはないのか?」
「えっ?」
浩太郎は笑顔で彩音の意見を求めてきました。それは、彩音にとっても意外な展開であり、浩太郎が何か感づいていることを意味しています。
戸惑っている様子の彩音に浩太郎は優しい表情で頷いて見せます。
「えっと……、でしたら、理事長にお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、何でしょうか?」
会話の相手が彩音になったことで、理事長は少し余裕を取り戻しました。浩太郎を相手にするよりは話が進めやすくなったと考えているのかもしれません。
「あの記事には『贅沢』と書かれておりましたが、それを止めればいいだけではないのでしょうか?」
「それは違いますよ。聖ユトゥルナ女学園に通っている方が身につけるべき教養は、他の方とは区別するべきものだと考えております。そのために、生徒や保護者は聖ユトゥルナ女学園を選ぶのです。」
「そのためには、安全や安心を犠牲にしても仕方のないことだと思われるのですか?」
「いいえ、安全や安心は優先すべき事柄です。そのためにセキュリティ強化を実施したいと考えております。」
「先ほど、私が特別注目を集めるとおっしゃいましたが、それはどういうことなのでしょう?」
彩音の質問を受けて、理事長は浩太郎の方をチラリと見ました。そして視線を彩音の方に戻してから話を再開します。
この動作が楓には芝居がかって見えていました。
「貴方のお父様は、日本を代表する企業を束ねる方です。彩音さんが注目を集めるのは当然のことなのです。……現に、あの記事に添えられた写真は彩音さんのものでしたでしょう?」
「はい。……ですが、私は修学旅行に参加しただけで、悪い事はしておりません。」
「それはそうかもしれません。でも、あの記事を読んだ方は、当学園の生徒たちを『悪役』にしてしまうのです。」
「そんな記事を書かれてしまうきっかけを、私が呼び寄せてしまったことになるんですね。」
「悲しいことではありますが、その可能性を否定することは難しいですね。」
理事長は首を軽く振りながら、しんみりとした口調で言いました。楓は、その姿を見ていると吹き出しそうになってしまいます。
「そうなんですね。よく分かりました。」
理事長は『分かってくれましたか?』と少しだけ満足気な様子に見えます。
「……だ、そうだ。……わたしはお前の味方だ。お前の考えを伝えてくれればいい。」
浩太郎の言葉を聞いた理事長は『やはり娘には甘い』と考えており、求める結論に近付いていると思っていました。
が、それは全く違っています。
「はい。ありがとうございます。……私なりの解決策はありますので、お父様が学園に寄付される必要はないと思います。」
「えっ!!?」
理事長と川島が同時に驚いて声を上げました。
浩太郎からの寄付となれば、それなりの金額を期待できると考えていました。それだけには止まらず、浩太郎が学園に寄付されることになれば、その動きに追随する保護者も出てきます。
「あ、彩音さん?急に、どうされたんですか?……それに解決策なんて、そんな簡単に……。」
「はい。簡単なことなんです、私が聖ユトゥルナ女学園から出て行けばいいんですわ。」
「……へぇ??」
彩音は、笑顔で言いました。そして、それを理解できていない理事長と川島は同時に気の抜けた反応をします。
「私は受験をして、別の高校に進学することにします!」
理事長も川島も愕然としてしまい、言葉が出てきませんでした。
この発言は楓も予想していなかったので、前に並んで座る彩音と浩太郎と見ていました。
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