第84話

 決戦当日、浩太郎と彩音が並んで座り、理事長と川島に対面して座っていました。

 浩太郎の後ろに控えている楓を見て、理事長と同行者の川島は驚きを隠せません。前回、理事長たちの訪問を失敗に終わらせた楓がいたことで警戒することになりました。


 このピリついた応接室とは別で、他の女性陣は優雅にお茶を飲んで彩音の部屋で待機しています。


「……本日はご多忙中、お時間を割いてくださりありがとうございます。」


「いえ、それは構いませんが、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 浩太郎は余計な会話をするつもりもなく、いきなり本題に入りたいようでした。

 楓は短い付き合いの中で、浩太郎が忙しいことを理由にしてぞんざいな対応をすることがないことを知っています。理事長に応対する姿勢から浩太郎の評価が分かるような気がしていました。


「……あっ、はい。……それでは早速ですが、先日の修学旅行のネットニュースはご存知でしょうか?」


「ええ、もちろん知っております。」


「あの記事を読まれて、九条さんはどうお感じになられましたか?」


「……感じることなどありません。世の中、いろいろな考え方があることは当然です。娘にも良い勉強になったと思っております。」


「えっ!?」


 浩太郎の答えは、理事長の予想していたものとは違っているようでした。淡々と話をする浩太郎を前にして慌てている様子を見せています。


「で、ですが、あのような記事が出てしまったことで、ご迷惑になっているのではありませんか?」


「迷惑?何を迷惑に感じる必要があるのでしょう。娘たちは、修学旅行に行っただけではありませんか?」


「他の保護者の方からは、今回のことでお叱りを受けております。学園の対応についても説明を求められておりまして……。」


「そうですか。でしたら、そちらに説明に伺った方が良いのではありませんか?わたしには謝罪も説明も必要ありません。」


 完全に当てが外れた様子で、理事長と川島は焦り始めていました。

 隣りで話を聞いていた彩音にも驚きはありましたが、思い出してみると浩太郎や知世が今回の件を問題視しているところは見たことがありませんでした。


「もし、そのことを気にされているのでしたら、これ以上お話することはないと思いますが?」


「えっ!?い、いえ、今回の記事は学園にとっての、あ、悪評になりかねないことでして……。今後、このようなことが無いように、学園としては、セキュリティを強化したいと考えております。」


 予想外の展開になったことで、理事長は段取りを忘れてしまい本題に突き進もうとしていまいました。


「生徒たちの安全を守るためのセキュリティ強化を検討しておりまして、九条さんに学園への寄付をお願いしたいんです。」


 彩音も楓も、その目的については考えていませんでした。

 あまりにも俗っぽいものであり、理事長が狙ってやっていたのか、偶発的に記事にされたのか分からなくなってしまいます。


「寄付、ですか?」


「はい。生徒や保護者に安心安全な学園生活を送ってもらうためには、学園の警備や緊急時の対応に当たる人員を増やすことが必要になります。ただ、現在の予算だけでは厳しいんです。」


「……はぁ。」


 浩太郎は半ば呆れたような声を出しました。


「理事長は、そこまでしないと学園の安全が確保できないとおっしゃるのですか?」


「今回のようなことを防ぐには必要な措置だと考えております。……当学園は世間的に注目されておりますし、その中で彩音さんは特別注目を集める存在です。高等部、大学と続きますので、是非ともご協力をいただきたいのです。」


 ここで彩音の名前を出してきました。楓は、理事長の発言を聞いて妙に納得してしまいます。

 九条浩太郎の一人娘である彩音の安全を確保するために出資しろと言わんばかりの要求になっていました。

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