第72話
「大変なことに、なるんじゃありませんか?」
のんびりとした雰囲気の中で、千和がポツリと漏らした一言。
千和と渉美のように浩太郎の立場を理解していれば、容易に想像出来ることでした。
「そんな大袈裟なことではありませんわ。……父も、何か考えがあってのことですから、気にしていてもしょうがありません。」
彩音は、ちょっとしたピクニック感覚のランチを満喫していましたが、この時点で大変なことにはなっていました。
紅葉が何を相談して、浩太郎が何を考えているのか全く分かっていないのであれば、悩んでも意味はありません。澪も悠花も驚いてはいましたが、今は彩音に同調しています。
「はぁ、彩音様が、そうおっしゃるのなら……。」
千和と渉美は苦笑いをして、それ以上は考えないようにします。
夕方近くになって、浩太郎と楓は戻ってきました。楓は小道具のような中身の入っていないカバンを持たされている。
「お疲れ様でした。いかがでしたか?」
「まぁ、うん。それなりに楽しめたかな。」
「企業のパーティーが楽しかったんですか?……私は、一度も楽しめたことないですわ。」
浩太郎が笑顔でいることから、何も問題がなかったことを知ることが出来ます。どちらかと言えば、今日の結果には満足している様子でした。
「これからも時々、頼みごとを聞いてもらえると嬉しいんだが、どうかな?」
「えっ!?今日だけじゃないんですか?」
「いや、そのつもりだったんだが、ちょっと気が変わったんだ。」
彩音は、最初から『今日だけじゃない』つもりで浩太郎が楓を呼んだことに気付きました。根拠はなく、親子の勘だけです。
「気が変わったって……。俺みたいな子どもが一緒にいても、何の役にも立てませんよ。」
「いや、十分に役に立ってくれていた。……あと、表情に出過ぎることさえ抑えられれば完璧だ。感情を制御する練習と考えてくれれば、君にとっても意味はあると思うんだが?」
「あっ、はい。」
「……どういうことですか?」
浩太郎と楓の会話が理解できていませんでした。ただ、楓には思い当たることがあり、浩太郎の頼み事を聞くことになります。ここでも楓との関係性が途絶えないでいることは浩太郎のおかげとなりました。
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「……制服……。」
楓が学生服で、彩音の屋敷内を歩いていました。彩音からは連絡していないので、浩太郎が直接呼んだことになります。
「急に呼び出されたんだ。……君のお父さんは、強引だよ。」
「申し訳ございません。」
娘としては謝るしかなかったが、楓は笑っていました。怒ったりしていないことが分かれば安心できます。
「お忙しいのではありませんか?」
「いや、別に忙しいことなんてないよ。今日は、夕飯も母親が作ることになっているし。」
「えっ?楓さんが夕飯を作ることもあるんですか?」
「簡単な物しか作れないけど、九条さんよりは上手い自信はあるね。……と言うか、料理なんてしないでしょ?」
「……します。……ちゃんとできます。」
嘘だと見抜かれたとしても、こう言うしかありませんでした。
「それよりも、生徒会の件は良かったな。瀧内さんの推薦の子なんだろ?……うまくいったじゃないか。」
「ええ、思った以上に良い結果になりましたわ。」
「だろうね。……でも、九条さんにとっての良い結果は、理事長にとっては悪い結果だろ?……大丈夫か?」
「今のところは、何も起こっておりません。……気にはかけておりますが、静かな毎日なんです。」
「終わったと思うか?」
彩音は首を横に振って、楓の質問に答えました。これで終わるとは思えません。倉本沙織の目は気になりましたが、それは単純な敵意でした。
理事長が彩音に向けているのは敵意ではなく、もっと嫌な感覚たったのです。
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