第71話

 待っている時間で、渉美に渉美の紹介を済ませたりしています。紅葉が誰かと話をしていたりする姿を見ていると、彩音は不思議な安心感を覚えました。


――ずっと、違和感があるんですが、何なんでしょうか?もし、楓さんと前世でも関係があったとしたら、紅葉さんとも?……ですが、紅葉さんを見た時は何も感じなかった。


 紅葉と最初に会った時の彩音は、前世の記憶が全く思い出せていませんでした。ただ、思い出した後で紅葉の顔を見ても、楓のような感覚はありません。


――紅葉さんとは違って、楓さんの顔を見ると懐かしいような不思議な感覚がありますわ。……それでも、澪さんや悠花さんは何もおっしゃらない。


 この点については、二人に話をしても首を傾げるだけ。

 その度に、彩音は勘違いだと思うようにしましたが、楓たちと会うと再び疑問を抱いてしまう繰り返しになります。



 そんなことを悩んでいると、楓が戻ってきました。しっかりとスーツを着て、髪も整えられています。

 

「おぉ、よく似合っているじゃないか。」


 浩太郎が満足気に声を上げました。まだ中学生の子どもっぽさはありましたが、印象はガラッと変わり本当によく似合っていました。

 タエの採寸データが、ここでも役に立っていたらしく、スーツのサイズは完璧に仕立てられていた。


 そんな楓を見て、乙女の顔を見せている彩音を他の四人が見逃すはずもありません。悠花は、静かにスマホを取り出して写真を撮りました。


「……あのぅ、こんな格好に着替えさせて、俺に何をさせるつもりなんですか?」


「ちょっと荷物持ちを頼みたいんだ。……仕事だよ。」


「……仕事……、ですか?でも、俺は、まだ……。」


「分かっている。分かっているが、仕事として考えて、あとはわたしに任せてくれればいい。……ちょっとした雑用だから、難しいことはないから受けてくれないか?」


「……まぁ、別に用事もないので、いいですけど。」


 楓は、ちょっとした社会勉強と考えていました。

 卒業後は働くつもりでいたので、浩太郎の手伝いがマイナスになることはありません。それに、浩太郎の近くにいることは貴重な経験になるはず。

 損得勘定をして軽い気持ちで引き受けたわけではなく、楓としても浩太郎の仕事に興味がありました。


「それでは決まりだ。……紅葉ちゃんは、彩音たちが見ていてくれる。」


「分かりました。」


 話はまとまり、楓は紅葉に『悪いけど、待っててくれよ』とだけ声をかけて、浩太郎に連れて行かれました。


「……紅葉さん、本当によかったんですか?……動物園に連れて行ってもらうはずだったのに、父の手伝いをするために呼ばれてしまったんですよ。」


「うん!これでいいんだって。」


「これでいいって、父が言っていたんですか?……紅葉さんは何を相談されたんですか?」


「うーん、まだ秘密にしておいた方がいいんだって。」


 紅葉が納得しているのであれば、彩音が文句を言うことではなくなってしまいます。紅葉も口が堅いようで、秘密を打ち明けてはくれなさそうでした。


「『まだ』ということは、いつか教えてくださいね。」


「うん。」


 楓が戻るまでは皆で過ごすことになりましたが、わずかな期間で随分と賑やかに変わり、楽しさも感じています。天気も良く、昼食は庭でサンドイッチを食べることになりました。

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