第70話
土曜日になり、楓たちを迎えに行く車が出発しました。
彩音は迎えの車に同乗はしません。結局、千和と渉美も遊びに来ることになっており、待っていなければならなかったのです。
10時には四人とも到着しており、彩音の部屋でくつろいでいました。当然、お茶会の時とは違い全員が普段着です。
当日になっても、楓が到着してからの説明は一切ありませんでした。不思議な緊張感の中、迎えに出た車が戻ってくるのを待っています。
「……もうそろそろ、楓さんたちが到着されるんですね。」
「結局、どうして楓さんをお呼びしたのかは分からないままなんですか?」
「ええ、何も教えてはくれませんでした。……何だか準備していることはあるみたいなんですが、全く分かりません。」
千和は面識がありますが、渉美は楓のことを知りません。
一応、二人にも今日のことは大まかに伝えてありましたが、渉美は妙にソワソワした様子になっています。千和が楓のことを説明した時に、『もしかすると彩音様の特別な方かもしれない』と付け加えていたことが原因でした。
千和も詳しい事情は知らなかったので、お茶会の時に見た彩音の反応を基準にしています。
「……その楓さんという方は、彩音様のお父様がご招待されたんですよね?」
「ええ、そうなんです。突然、父がお呼びするように言ったのですが、訳が分からなくて。」
渉美は勝手なイメージを膨らませていました。
千和からの情報で、『彩音の父に気に入られているらしい』『彩音に遠慮しない話し方』『彩音が嬉しそうだった』と並べば乙女思考に直結させられます。
そして、楓と紅葉を乗せた車が到着し、五人はエントランスまで出迎えに行くことになりました。
「……おっ!……何?」
屋敷に入ってきた瞬間、五人が並んでいる様子を見て楓は驚きの声を上げました。
「おはようございます。本日は、お越しいただきありがとうございます。」
「あっ、おはよう。……何か、人が増えてるな。」
「はい。新谷渉美さんです。……渉美さん、こちらは水瀬楓さんと紅葉さんです。」
彩音に紹介されると、お互い簡単に挨拶を済ませていると、
「おぉ、おはよう。悪かったね、急に呼び立ててしまって。」
浩太郎も姿を現します。ここでも初対面の渉美は慌てて挨拶をしていました。
「おはようございます。こちらも、妹が何度も押しかけているみたいで、申し訳ありませんでした。……ところで、俺に何かあるんでしょうか?」
「あぁ、早速だが、楓君には着替えをしてもらいたい。詳しい話は、その後だな。」
「……着替えるんですか?」
驚いている楓の横にはタエが移動しており、『どうぞ、こちらへ』と半ば強引に連行していってしまいます。
残された紅葉もキョトンとした顔になってしまい、浩太郎と彩音を交互に見ていました。
「紅葉ちゃんは、彩音たちと一緒にお留守番だな。……夕方までには戻れると思うから、それまでゆっくり過ごせばいい。」
「えっ?……そんなお時間まで、楓さんを連れてお出かけされるんですか?」
「ちょっとした企業のパーティーに呼ばれてるんだが、楓君を連れて行こうと思っているんだ。」
「……?」
どうして浩太郎が呼ばれているパーティーに楓を連れて行く必要があるのか全く分からず、彩音から言葉が出てきません。
「今日の楓君は、わたしの付き人だ。」
「そんなことをさせるために、楓さんたちをお呼びになったんですか?」
ここでも認識のズレがありました。
彩音にとっては父親の付き人として、わざわざ楓を呼びつけたことになりますが、周囲から見れば浩太郎の付き人を務められることへの驚きがあります。
「……彩音様、たぶん彩音様のお父様の付き人として、パーティーに行くことはスゴイことだと思います。……彩音様のお父様の『カバン持ち』をしたい人は大勢いるのではないでしょか?」
「えっ?……『カバン持ち』ですか?……父はいつもカバンを持ち歩かない人ですから、ただ付いて行くだけになってしまいますよ。」
「彩音様、渉美さんがおっしゃっているのは、そういう意味ではないと思います。」
悠花が、すかさずフォローを入れました。そんな様子を浩太郎は呆れてみていました。
「今日は、カバンを持っていく用事があるんだ。だから、楓君に申し訳ないとは思ったが、荷物持ちを頼みたかったんだよ。」
「そうだったんですね。……ちょっとしたお荷物なら、ご自分で持てばよろしいのに運動不足になってしまいますよ。」
「まぁ、わたしにも立場があるんだ。秘書たちも休ませたいから、ちょっとした仕事の時は楓君に手伝ってもらおうと思っている。……その時は、紅葉ちゃんの遊び相手をしてほしい。」
「ええ、分かりました。」
彩音と浩太郎の親子の会話ですが、彩音はことの重大性を理解していませんでした。千和と渉美はもちろんでしたが、澪と悠花も驚愕しています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます