第66話

 それから、彩音は少し落ち着かない気分で15分ほど待機させられてしまいます。


 やっと呼ばれて応接室に入ると、紅葉は嬉しそうにケーキを食べていました。緊張した雰囲気を予想していた彩音からは言葉が出てきません。


「……あっ、お姉ちゃん、おじゃましています。」


「えっ?……あ、はい。よ、ようこそお越しくださいました。」


 浩太郎も知世も笑顔で、重苦しさは全くありません。

 どんな話があったのかも分からず、彩音は紅葉の隣りに座りました。


「あ、あのぅ、紅葉さん?……私に何かお話したいことがあるんでしょうか?」


「その件なら、とりあえず解決しているから大丈夫だ。」


 紅葉への質問に浩太郎が答えてくれます。

 そもそも話したかった内容も分かっていないのに解決してしまったとは、どういうことなのだろうか。


「まぁ、父さんを信じて任せていればいい。」


 詳しく聞いてみたい気持ちは強くありましたが、浩太郎が言い切ってしまった時は何を聞いてもムダになります。

 そして、彩音にとって悪い結果をもたらしてしまうようなこともないと信頼してもいるので、浩太郎の言葉に従って任せてしまうことにします。


「……紅葉さんも、それで良かったのかしら?」


「うん。」


 紅葉も、浩太郎に任せてしまうことを認めているようでした。

 間近で紅葉の顔を見てみると、涙の跡があります。もしかすると、彩音が来る前は泣きながら話をしていたのかもしれません。


「……また詳しく教えてくださいね。」


「あぁ、考えが整理できたら、詳しく話す。……それまでは、自分のやるべきことを進めていなさい。」


「自分のやるべきこと……、ですか?」


 彩音が聞き返すと、浩太郎と知世は笑っていました。隠し事はできないことを伝えられている気持ちにさせられます。 


「……それで、楓君に、来週の土曜日ここへ来るように伝えておいてくれないか。」


「えっ?楓さんをここへ呼ぶのですか?……紅葉さんは?」


「一人で留守番させてはおけないから、もちろん一緒にだ。10時に迎えの車を着けるから、出かける準備をしておくように言っておいてくれ。」


「ですが、楓さんにもご予定があるかもしれません。その時は、どうすればいいのですか?」


「紅葉ちゃんの話だと、来週の土曜日は動物園に連れて行ってもらう予定らしいから大丈夫だ。」


「……それって、大丈夫ではないですよね。紅葉さんとのお出かけがキャンセルされてしまいますよ。」


「いや、大丈夫だよ。」


「うん。大丈夫。」


 浩太郎に続いて、紅葉が大丈夫だと言っています。既に、このことも合意の上で決まっていたらしいです。彩音は伝言役だけを言いつけられたことになります。


「はぁ……、分かりました。」


 かなり納得いかない状況でしたが、紅葉が浩太郎側についてしまっており、彩音が有利なることは困難でした。



 彩音は紅葉を自分の部屋に案内して、しばらく話をしてから送ることにしました。そこで楓と会えれば、浩太郎からの伝言をつたえることにします。


「紅葉さんは、一人で電車に乗っていらしたんですか?」


「うん。そうだよ。」


「数回いらしただけで、道も覚えられた……?」


「……うん。そんなに難しくなかった。大きなお家だから、遠くからでも見えるしね。」


 彩音は、一人で電車移動をしたことがありませんでした。9歳の女の子に負けた気分にさせられてしまいます。

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