第65話

 生徒会のことも楓に連絡しなければなりませんでしたが、スマホを取っては止めてしまう繰り返しになっています。


 写真を渡せないままで数日が経過した土曜日、予想外の来客がありました。

 最初は来客にも気付かず、彩音は部屋で本を読んで過ごしていましたが、いつもとは少し違う雰囲気を感じ取ります。


「……タエさん、何かあったのですか?」


 紅茶を運んできてくれたタエに、彩音は聞いてみました。いつもは若いメイドが紅茶を用意してくれていましたが、タエが持ってきてくれることも変でした。


「はい。彩音お嬢様にお客様だったのですが、今は浩太郎様と知世様がお話をされております。」


「えっ?……私のお客様?……どうして、お父様とお母様が?」


 彩音は瞬間、嫌な感じがしました。


――もしかして、また理事長がいらしたのかしら?


 彩音を訪ねて来ているのに、浩太郎と知世が応対している時点で普通ではないように思えています。彩音に来客があったことを隠していることも変です。


「どなたが……、いらっしゃっているのですか?」


「はい。水瀬紅葉様がお越しです。」


「……えっ!?」


 タエは彩音の反応を見て、嬉しそうな顔をしていました。


「紅葉さんがいらっしゃっているのですか?」


「はい。」


「楓さんも?」


「いいえ、本日は紅葉さんだけがお越しのようです。」


 紅葉が一人で来ていることに驚きました。楓が一緒ではないことが少し心配ではありましたが、タエの話し方には緊張感がないので心配するようなことはないのかもしれません。


 彩音が慌てて立ち上がるとタエに止められてしまいます。


「あっ、彩音お嬢様は、もう少し後でお呼びするように浩太郎様から申し付かっております。もう少々、お待ちください。」


「お父様から?……私のお客様なのに……、ですか?」


「応接室でお話をされておりますが、まだお時間がかかるようなので、彩音お嬢様にはお待ちいただくように……、と。」


 不穏な気配はありませんが、不思議な状況ではあります。

 多忙な浩太郎はアポイントを取ることも難しく、休日は大切にするので急な訪問に応じることも滅多にありません。あったとしても理事長の時のように立ち話で数分間くらいのことです。


「お父様とお母様と紅葉さんが、応接室?……三人だけでお話をされているのですか?」


「はい。お菓子とジュースもお持ちして、お話をしております。」


「……どれくらい前からなんですか?」


「そうですね……、30分ほどは経っているでしょうか。」


 応接室で浩太郎と個別に話ができる時間は、企業のトップが熱望しています。その時間を小学生の紅葉に割いているのです。


――先日のお茶会の時も、楓さんとは長くお話をされていましたが、今回は紅葉さんとも?


 お茶会の時も、浩太郎は少し参加するだけだと思っていました。それが、最初から最後まで参加していたことに、彩音も驚かされていたのです。


 浩太郎は親子の時間も大切にしてくれる良い父親でしたが、大企業のトップであることで時間に追われる場面も多くあります。彩音も理解しているので、そのことに不満を持ったことはありません。


「……それにしても、紅葉さんがここにいらっしゃっていることを楓さんはご存じなんでしょうか?」


「それでしたら、紅葉様は楓様に、お友達の家に遊びに行くと伝えてあり、このことはご存知ないようです。」


「楓さんにも内緒のことなんですね。」


 まだ彩音の頭は状況に追いついておらず、この時に考えていたことは紅葉に写真を渡すかどうかだけでした。

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