第62話

 ただ、予想に反して、倉本沙織が選挙までの時間で彩音に接触してくることはありません。生徒会選挙までの日数が少ないこともあり、推薦を受けてくれるかが問題になっていました。


 『学園の為に』と彩音が推していることも影響して、学園中が倉本沙織で決定の雰囲気になっています。


「期待してますね。」

「何かあればお手伝いしますから。」


 の声が多数上がっており、この流れの中で断ることは出来るはずありませんでした。


 結果は、9割を超える信任票で生徒会会長が決定します。

 新生徒会として倉本沙織が演説することになるのは一週間後でしたが、その間も彩音を見かけて戸惑っているような表情をしているだけで直接話しかけたりはしてきません。


「……以前のように怖い目で見られることはなくなりましたが、強引に進めてしまったことで不快になっていたりはしないのでしょうか?」


「おそらくは大丈夫だと思いますわ。千和さんや渉美さんと話はされたと聞いています。……悠花さんも、倉本さんから声をかけられていませんでしたか?」


「ええ、すごく小さなお声でしたけれど、『ありがとうございました』と言葉短く。」


「え?……そうなんですか?」


 感謝される言葉であれば、生徒会に推薦したことで怒ったりはしていないことになります。


「彩音様ともお話したいとは思うのですが、もう少し時間が必要かもしれませんね。」


「そうですわね。倉本さんが、ビアンカさんだった時の記憶が残っているのかも気になっていますし。」


 呑気に紅茶を飲みながら話をしている三人は気付いていませんでしたが、偶然が重なったことで倉本沙織はビアンカ・オリアーニと別の時間を過ごすことになっていました。



 そして、演説当日に話をするチャンスが訪れます。

 推薦されて決まった新生徒会長が演説をする時は、後ろで推薦した五人も並んで座らなければなりません。理事長が彩音を人前に出すための演出かと勘繰ってしまいましたが、これは本当に決まっている事だと千和から説明を受けました。


「彩音様、これくらいは諦めてくださいね。」


 他の四人から同じ言葉で説得されてしまいます。

 演説前の舞台袖で、彩音と倉本沙織が至近距離で対面することになりました。


「あの、生徒会長として、精一杯頑張ります。……ですが、私の力だけでは足りない時、彩音様たちのお力も貸してはいただけないでしょうか?」


「もちろんですわ。……倉本さんを推薦したのは私たちです。貴方だけに大変な想いはさせません。どうか遠慮などなさらず、何でもお声をかけてください。」


「……はい。ありがとうございます。」


「おめでとうございます。頑張ってくださいね。」


 彩音と倉本沙織が両手で固く握手をしました。澪、悠花、千和、渉美が音が出ないように拍手をします。

 信任されてから一週間で、倉本沙織には大きな変化が起こっており、彩音たちにも『力を貸してほしい』と言えるようになっていました。ビアンカがその言葉を口にすることはなく、ソフィアに対して憎しみを抱き続けていた流れからは外れていました。


 気負い過ぎることもなく、自然体で優し気に話をする倉本沙織生徒会長の演説は大きな拍手を受けて成功に終わります。

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