第61話

 わざと目立つようにした狙いは、彩音たちが倉本を推薦したことを既成事実として周囲にも認識してもらうためです。なかったことにはされたくありません。


「倉本沙織さんを推薦するのは、私、九条彩音。そして、鳴川澪さん、仲里悠花さん、瀧内千和さん、新谷渉美さん。推薦に必要な五人は揃っております。」


 そして、推薦人に千和の名前が彩音たちと並んでいることを見せつけるためでした。

 試験で裏工作をしていた理事長にとって、千和が彩音と行動を共にすることのインパクトは大きいはずです。


「学園にとって、学園の為に行動を起こせる方が生徒会に必要だと思います。倉本さんは、その要件を満たしていると瀧内さんが教えてくださいました。……私たちも同意して、学園の為に倉本さんが生徒会の指揮を執ってくださることを心から願っております。」


 彩音は担任と話をするようにして、周囲の生徒にも聞かせています。

 周りを見ている余裕はありませんでしたが、これだけのことでも緊張して眩暈がしていました。


――今、私は、どんな目で見られているのでしょうか?


 ソフィアの処刑を眺めていた人たちの目が頭の中に浮かんできます。


 今回のことは、彩音たちが初めて攻撃的な行動を起こしたことにもなっています。前世で、ソフィアが処刑された理由が明確になっていない状況で自ら行動してしまうのは正直怖さがありました。


――これで、何か変わっているのか分からないですが、もう進むしかありません。


 千和と直接話をしたことで、迷ったまま受け身でいるよりも行動することが大切だと知りました。例え間違った方向に進んでしまったとしても後悔は少なく済みます。



 すると、『パチパチパチ』と拍手する音が聞こえてきます。周囲で彩音を見ていた生徒たちが拍手をしていました。

 驚いた彩音が教室を見回すと、皆が笑顔で拍手をしてくれていたのです。


 拍手をしている生徒の中で、彩音と同じように澪と悠花も困惑した表情で立っていました。

 敵意や害意を持って彩音を見ている者は一人もおらず、倉本を推薦することを後押ししてくれている雰囲気が皆から伝わってきます。


「倉本さんを推薦することが、私の答えになります。」


「……分かりました。」


 担任が他に言えることはありませんでした。この状況で彩音を説得しようとするのは不自然なことになり、推薦人として他の四人も説得しなければなりません。


 笑顔の生徒たちとは対照的な表情を見せている担任は、彩音から推薦用紙を受け取って教室を出ていきました。

 これから理事長のところへ向かうことは容易に想像出来ます。


 学園で長く教師として務めている担任と理事長が、どのような関係にあるのかは分かりません。多少、担任には申し訳ない気持ちもありますが仕方ないことでした。



 ここから倉本沙織に推薦の話が伝わるまでは、あっという間の出来事でした。

 もしかすると、勝手に話を進めてしまったことに怒って乗り込んでくるかもしれません。彩音たちも覚悟の上ではありましたが、対策は練っていません。


――倉本さんが怒っていたとしても、話が出来るチャンスになりますわ。


 それも狙いの一部になってもいます。


――ソフィアとビアンカの仲は、きっと悪かったはずです。私と倉本さんも仲が悪くなってしまっては意味がありません。


 彩音たちは、ビアンカ・オリアーニの笑顔を思い出すことが全く出来ていませんでした。

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