第41話

「……そんな、私は『上』だなんて思ってなんかいません。」


『まぁ、うん、分かるよ。分かるけど、たぶん仕方ないことだと思うんだ。』


「仕方ないことなんですか?」


 波が立ち始めた彩音の感情は、楓の『分かるよ』で少し落ち着きました。分かってもらえていることで与えられる安心感です。


『その瀧内って人は、兄妹仲が良いんだよな?だったら、やっぱり不利になるようなことはしたくないと考えるのは、仕方ないことだと思うんだ。』


「……お兄様のために……、ってことでしょうか?」


『だと思う。』


「……でも、お父様は私の成績や友人のことでお仕事のことを決めるなんてことはありません。……瀧内さんがしていることは何も意味がないことになってしまいます。」


『知らないからだろうね。九条さんや九条さんのお父さんを知らなければ、最悪なケースを想定して行動するしかない。』


「私たちのことを知らないから……。」


 そこで彩音は、一つの計画を思いつきました。

 単純な発想ではありますが、知らないのなら知ってもらうしかないのです。知ってもらうには話をしたり、会ってもらったり、方法はいくらでもあります。


『あと、瀧内兄が妹に仕事の話をしているとは思えない。妹に気を使わせるような情報を与えるはずがないんだ。……それで理事長が動いてたとしたら感じ悪いな。』


「理事長が瀧内千和さんに伝えたということになりますか?」


『兄が妹に迷惑をかけていると考えたくもないし、理事長が不機嫌になってるなら何かしてるとは思う。』


「お兄さんとしての意見ですね。」


 楓が紅葉のことを考えながら話している姿を想像して、彩音からは笑みがこぼれます。いつもは客観的な意見で話をしているのに、この時の楓は『考えたくもない』と主観で語っていました。


『少しは役に立てたかな?』


「はい、とても参考になりました。……ズレている私にも丁寧に説明してくださって、大変感謝しております。」


 感謝はしていましたが、それとこれとは別で酷評されたことは忘れていませんでした。

 彩音は意外に根に持つタイプだったのかもしれません。おそらくは人生で初めて『ズレている』と言われたことが影響していました。

 これまでも『おっちょこちょい』と言われたことはありましたが、言葉の響きが可愛らしいことで誤魔化されていただけで大差なかったことには気付いていませんでした。



 電話を終えた彩音はタエを呼びました。


「またタエさんにお願いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。」


「どうぞ、お申し付けください。」


「今度のお茶会の招待状を作ってほしいのです。……瀧内千和さんをお茶会にご招待しますわ。」



 悩んでいるだけでは解決策を見つけることなど出来そうもありません。知らないことで誤解が生じるのであれば、お互いのことを知ることが一番の近道だと考えていました。


――悠花さんや澪さんにも相談しないといけませんわね。


 明日の定例会議で話し合うべき内容は決まりました。


――本当は、瀧内千和さんともお話をしてみたかったんです。


 難しく考えてもいましたが、本音としては直接話ができるチャンスとして前向きに捉えてもいます。問題解決と友人獲得を目指して彩音は踏み出すことにしました。

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