第33話
学園から戻り、モヤモヤした気持ちを振り払いたくなっていた彩音は、楓に連絡することにしました。もちろん相談ではなく、お茶会の開催日を報告するためのものです。
スマホは持っていましたが彩音が生活の中で使用する頻度は極端に少なく、緊張で指先が上手く動きません。相手は異性でもあります。
なんとか入力が終わり、コール音が鳴っています。教えてもらっているのは携帯電話の番号なので、楓が出てくれるはずです。
『……もしもし？』
「あっ、あの、私、九条彩音と申しますが、水瀬楓さんのお電話でよろしいでしょうか？」
声のトーンが上がってるようにも感じられます。
『そうだよ。……この前は、ありがとう。』
「い、いえ、大したおもてなしも出来ず、申し訳ございませんでした。」
『ハハ……、何だよ、それ？』
お互いに普段接している周囲の人間とは異質な存在であり、言葉遣いにも隔たりが出てしまいます。同い年の者同士が会話をしているようには思えませんでした。
そして、彩音は呼吸を整えてから気持ちを落ち着けて、楓にお茶会の日にちを伝えました。
『……分かった、紅葉にも伝えておくよ。わざわざ、ありがとう。』
「そんな、こちらこそ父の突然の誘いで申し訳ございませんでした。……当日のことは澪からもお電話があると思います。」
『あぁ、いろいろ手間をかけてゴメン……。』
楓の声を聞いているだけでモヤモヤとした気分は晴れていきましたが、用件は済んでいます。ただ、そこで話を続けてくれたのは楓でした。
『……あの理事長から何か言われたりとかしなかったか？』
「えっ？……何か、ですか？」
『俺が、あの理事長を怒らせたから、アンタらに文句とか言ってないか心配してたんだ。』
「あっ……、ありがとうございます。……その件については、何もありませんので、ご安心ください。」
『その件については、ってことは他に何かあったのか？』
「大したことではありませんが、あの時に理事長が言っていた生徒会の話が勝手に進んでいるんです。」
彩音は楓が気にしてくれていたことが嬉しくなっていました。そして、楓に無関係である話も聞いてくれます。彩音は現在の状況を少しだけ話すことにしました。
『……ふーん、生徒会の推薦を学校がするのって変な話だよな。あれって、生徒の自発性を高めるためのもののはずだろ？』
「はぁ、そういうものなんですか？」
『いや、俺も生徒会みたいなのは無縁だけど、学校の推薦ってことで決まると反感を買うかもしれない。』
「……反感……ですか？」
彩音にとっては一番怖い言葉に感じられました。
それが事実であれば、ただ単に生徒会に参加するかどうかの話ではなくなってしまいます。
『……今、かけてくれたのがアンタの携帯で間違いないか？』
「えっ！？……はい、私の携帯電話です。」
『じゃぁ、また連絡するよ。……ちょっと気になる。』
楓は少しだけ照れくさそうに『気になる』と言いました。この件が気になるだけの話でしたが、彩音には嬉しい言葉です。
理事長と話をしていた時に支えてくれた感触が甦ってきて彩音も恥ずかしくなってきます。
結果として、『反感を買う』というマイナス要素は『気になる』というプラス要素によって上書きされてしまい、『嬉しかった』でまとまってしまいました。
楓との電話が終わるとノックする音が響いて、彩音はドキッとしてしまいました。ドアを開けて入ってきたタエは、恥ずかしそうにしている彩音を見て笑顔になります。
「さぁ、彩音お嬢様、お裁縫のお時間でございますよ。」
タエが元気に声をかけました。裁縫を教えてほしいと頼んだり、スマホを手に持ったまま恥ずかしそうな態度を取っていたり、これまでにない彩音を見ていることに喜びを感じていました。
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