第31話

 彩音は自室のパソコンを起動して、保管してある監視カメラの映像をタエに見せました。


「こちらの方々は、水瀬楓さんと水瀬紅葉さんです。」


「存じ上げております。」


「お願いと言うのは、映像データを解析して、紅葉さんの詳細な採寸をしていただきたいのです。」


「採寸……でございますか?」


「はい。お二人をお茶会に招待しているのですが、その時にドレスを着ていただこうと思っております。そのドレスを準備するためには必要なんです。」


「そうですか。それでしたら、靴のサイズも必要ですね。」


「……できそうですか?」


「もちろんでございます。……私の端末にデータを転送していただけましたら、2時間ほどで完璧にお調べいたします。」


 引退していてもおかしくない年齢ではありますが、タエは生涯現役を貫く宣言をしています。そのために必要な自己研鑽を忘れず、あらゆる分野で活躍できる技術を身につけておりました。

 瞬間的であれば若手のメイドたちよりも素早く動くこともできるので、恐れられている存在です。



「……では、タエさんにデータをお送りしましたので、よろしくお願いいたします。」


「かしこまりました。それでは、一旦失礼いたします。」


 小柄なタエは音もなく動くので、時々気が付かずに驚かされることがあります。誰かが『忍者の末裔』と噂しているのを聞いて、彩音は信じそうになってしまったことがありました。


 彩音がゆっくりと着替えを済ませて、お茶を飲んでいるとドアをノックする音が聞こえてきます。


「お嬢様、お待たせいたしました。ご要望されておりましたデータが揃いましたよ。」


「えっ!?もう揃ったんですか?」


「はい。誤差はプラスマイナスで5ミリまでの精度になりますが、問題ない範囲かと考えております。」


 時々、浩太郎が仕事で必要になる資料もタエに依頼することがあるとは聞いていたのですが、その理由を垣間見たと思います。彩音も雑用でタエにお願いすることはありましたが、今回のようなケースは初めてのことでした。

 余裕を持って2時間と言っていたのかもしれず、半分ほどの時間で終えて戻ってきました。


「……誤差5ミリですか、すごいですね。……ありがとうございます。」


「いいえ、これだけの情報がある中で5ミリの誤差も出してしまうことはお恥ずかしいことですよ。」


「……ところで、私のドレスで紅葉さんが着られそうな物はありますか?」


 彩音の質問を受けて、タエは手に持っていた紙を見ました。紅葉の身体データと記憶の中にある彩音のデータを照らし合わせているようです。


「そうですね……、彩音お嬢様が8歳の秋にピアノの発表会で着た物が一番近かったと思うのですが……。」


「そんなことまで覚えているんですか?」


「もちろんでございます。彩音お嬢様の晴れ舞台でしたから。……秋の発表会で紅葉をイメージしたドレスですので、紅葉さんというお名前だとピッタリかもしれませんね。」


「えっ!?そうなんですか?……全然覚えていませんでした。」


 彩音が記憶していないことまで忘れずにいてくれます。前世の自分の記憶ですら曖昧で困ることがあるので、羨ましく感じていました。

 タエの記憶力が衰えていないことを証明されてしまった彩音は驚くしかありません。


「彩音お嬢様、記憶力を向上させるためには『心を動かすこと』が大切なんですよ。心が動かされた場面は、しっかりと記憶に残すことができるのです。」


 確かに、処刑されたショッキングな場面はハッキリ思い出すことができました。その場面以外で思い出せるものが少なかった理由として考えられることは、彩音の気分を暗くします。


――ソフィアが生きてきた時間の中で、心を動かされることは少なかったということでしょうか?……17年という短い人生が、つまらないものだったとすれば悲しいですね。


 それでも、今は状況を変えるために彩音は自分から行動を起こしていました。

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