第13話

 前日は進展なく過ぎ去ってしまいましたが、彩音は気落ちしているどころか晴れやかな気持ちでいます。

 悠花と澪を前世からの因縁に巻き込んでしまったかもしれない不安がありましたが、それを二人が否定してくれました。


 そんな爽やかな気分を打ち壊すかのように部屋の外が騒がしくなっています。一瞬、島崎の件のような事件でもあったのかと思いましたが様子が違っています。


『……これをお嬢様に渡す気なの?』

『でも、捨てちゃうわけにもいかないし……。』


 こんな会話が聞こえてきたら気になって仕方ありません。彩音はドアを開けて確認することにしました。


「何かあったのですか?」


「あっ!お嬢様……、大変申し訳ございません。」


 彩音が突然声をかけてきたので、慌てたメイドが何かを背後に隠しました。渡すつもりで持ってきたのであれば、隠す必要などないはずですが条件反射だと思われます。


「……私に渡したい物があるのですか?」


 隠されてしまえば余計に気になってしまうのが人の性です。もう一人のメイドが肘で『出すしかない』と合図を送ります。


「これなんですが……。」


 差し出したのは小さな花束。束と呼べるほどに本数は多くありませんが、可愛らしくラッピングされています。

 ただ、九条家に贈られる花束に比べれば格段に見劣りしてしまう物で、メイドたちは彩音に渡すべきか迷っていました。


「えっ?お花?……これをどうされたんですか?」


「あの、つい今しがた、小学生くらいの女の子が彩音様を訪ねて来てたんです。……『お加減はいかがでしょうか?』……と。」


「女の子、ですか?」


「はい。……中学生くらいのお兄さんと一緒だったんです。……お名前は水瀬紅葉と言っていました。」


 誕生日パーティーに来ていた女の子を思い出しました。母の代わりに手伝いで来ていた兄と一緒だった女の子です。


「あっ、あの子がわざわざわ。」


 紅葉とお菓子を食べている時に彩音たちは意識を失ってしまったのです。目の前で三人が気絶した状況を見てしまい心配してくれていたかもしれません。


「それで、紅葉さんはどこに?」


 心配をして訪ねてくれたことで、彩音はすごく嬉しくなってしまいました。明るい表情の顔とは対照的にメイドたちの表情は暗くなっています。


「……えっと……あのぅ、彩音様とお約束があったわけでもないので……、お花だけお預かりして、お引き取りいただきました……。」


「えっ!?……お花だけを受け取って、帰してしまったのですか?」


「……申し訳ございません。……帰られるときに、お花だけでも渡してくださいと頼まれてしまって……。」


 せっかく訪ねてきてくれた人を追い返してしまう対応を彩音は寂しく感じていました。

 メイドたちに怒ったとしても、彩音が寂しいと感じたことが伝わることはないので、花を受け取って部屋に戻りました。


――私が部屋から出ていなければ、このお花は捨てられていたのかもしれないのですね……。


 彩音は、メイドたちが部屋の前で話していた内容を思い出していました。


「……でも、どうして、このお花を私に渡すのを迷っていたのかしら?」


 紅葉が花を持ってモジモジとしている可愛らしい様子を思い浮かべて、会いたかった気持ちを我慢するしかありません。


 ただ、その寂しさはスグに解消されることになります。

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