37.依頼終了

 私たちが戻ってくると、決着はすでについていた。ネブラは縛られて、地面に転がされている。他にも五人の魔族が同じように縛られている。どうやらその五人はネブラの仲間だったようだ。

 残った四人の魔族は少し悲しそうな顔をして転がっている元仲間を見つめていた。


「お、戻って来たか。怪我はなさそうだな」

「アイ!」


 笑顔で出迎えてくれたマーキスさんと、心配していたという顔をして駆け寄ってくるパパ。

 両手を広げながら走ってくるパパを見て、抱きしめようとしていることが分かったのでギリギリで避けた。心配している時のパパの力は強い。子供の頃は手加減してくれていたけれど、今では手加減をしてくれないので避けるしかない。


「どうして避けるんだ!」

「手加減しないから」


 そう言うと不満そうだったけれど何も言わなかった。図星だからだろう。

 リカルドたちはパパの行動に少し驚いたようだったけれど、マーキスさんに呼ばれて近づいて行く。

 私は会ったこともないので名前を呼ばれることはなかったけれど、右手をノアさんに、左手をノエさんに握られて一緒にマーキスさんの元に行くことになった。


「これは、驚いた」


 顎に手を当てて微笑んでいるマーキスさんは、驚いてはいるのだろうけれど少し楽しそうに見える。

 驚くのは当たり前だろう。魔族を嫌っていたノアさんと、魔族を怖がっていたノエさんが、魔族である私と手を繋いでいるのだ。繋いでいるというより、掴まれているのだけれど。名前を呼んだということは以前からの知り合いなのだろう。そのことを知っていて当然なのかもしれない。


「兄さん、彼女はアイ。僕らの仲間なんだ」

「そうか。俺は、マーキス・ラシュアン。聞いているかもしれないけれど、リカルドの兄だ」

「アイ・ヴィヴィアです」


 どうやらマーキスさんは魔族であろうと気にしないタイプのようだ。けれどその後ろにいる女性はそうではないらしい。凄い睨みつけてきている。

 そう言えば、彼女はマーキスさんのことが大好きなんだった。どう見ても嫉妬をしている。けれど、どうしてその嫉妬を私だけに向けるのだろうか。ノアさんとノエさん、シルビアさんも話しているのにおかしい。

 初めて見る相手だから警戒しているのだろうかと思ったけれど、そういえば彼女はエルフだということを思い出した。

 そりゃあ、魔族が嫌いですよね。真実を知らないのだから。

 嫉妬と魔族に対する恨み。その二つが込められた視線が気になって、思わず彼女へ視線を向けてしまった。


「バッカス、ライアン、クロウ。リーナを連れて離れていてくれ。話しもできない」

「どうして!? 魔族の近くにいるなんて危ないよ! 私が殺してあげるから離れて!!」


 攻撃できないのにどうやって倒そうというのだろうか。

 マーキスさんはもう女性――リーナさんを見放しているようだ。怒りをあらわにしているリーナさんを三人が引っ張りながら離れて行く。

 何処まで行くのかは分からないけれど、どうやら姿が見えなくなる場所まで行くようだ。立ち止まる様子はない。


「嫌な思いをさせて悪い」

「大丈夫です。なれてますから」


 ノアさんもあそこまで殺意を露わにはしていなかったけれど、いやがらせとかもあったので流石になれてしまった。

 ゲームの中でも魔族は大変だったんだろうなと今なら思える。


「さて、こいつらはどうする?」


 黙ったままだったパパがネブラたちを指差した。本当は魔族だから、魔族領で裁くのがいいだろう。

 けれど、今の魔族は信用されていない。自分たちで裁くと何かを隠したのではないかと思われる可能性が高い。


「そちらで裁いてくれて構いません」

「いいのか?」

「魔族領以外で裁いて幽閉したとしても、簡単に逃げられてしまうと思うんですよね」


 魔族の牢屋は頑丈に作られている。中にはドワーフや獣人よりも力の強い魔族がいるため、簡単に壊せないようになっているのだ。けれど他の領地の牢屋はそうではない。

 逃げられることを考えると、そうするしかないのだろう。


「俺も立ち会って構いませんか? 話し合いもしたいですし」

「ああ。そうしてくれると助かる」


 話し合い。きっとマーキスさんは今後のことを話し合いたいんだろう。

 魔族とは争わず、平和にするために。


「手伝ってくれたこと、感謝する」


 パパが私たちに頭を下げた。今回の手伝い依頼は、マーキスさんとパパからの依頼だった。

 内容は詳しく書かれていなかったけれど、ネブラを捕まえる手伝いをしてほしかったのだろう。今回フォレストコング討伐に回ったことにより、モンスターに邪魔をされることなくネブラとその仲間を捕らえることができた。十分手伝えていたのだろう。


「そうだ。増巨剤って分けてもらえませんか?」


 巨大化したモンスターに増巨剤の成分があるかを調べるために必要だということを話すと、パパはネブラから回収したであろう増巨剤を一つリカルドに渡してくれた。

 多く持っているわけではなかったので、渡してくれたのは一つだけ。でも、成分を調べるだけなので一つで十分だろう。


「街の方にはネブラの仲間はいないんですか?」

「街ではなく、城にはいる。そいつらは、今頃アンディや仲間たちが捕らえてくれているだろう。製造している奴らもな」


 ここにママがいないのは、城内にいるネブラの仲間を捕まえるためだったらしい。

 ママなら大丈夫だろう。きっと、問題なく捕らえていると思う。


「魔王! 覚悟!!」


 突然リーナさんが走って来て両手で持った杖を高く掲げた。その杖の先端には、何やら光が集まっている。

 攻撃魔法が使えないと思っていたけれど、この世界の彼女は使えるのかもしれない。

 パパなら避けられるだろうけれど、彼女が何をしようとしているのかが分からない。


「グランツ!」


 大丈夫だと思ったけれど不安だった。

 杖に集まっている光から、光魔法だと思う。それなら、同じ光属性の『輝きのドラゴン』を呼んで対応してもらった方がいいと思って名前を呼んだ。

 すると、以前貰った金色の羽根が輝いて、『輝きのドラゴン』が姿を現した。

 驚いてリーナさんの足が止まった。誰もがグランツさんを見上げている。


「これは面白いところに呼んでくれた」

「グランツさん」

「アイが呼んでくれたから何も起こらなかったのだろう?」


 杖を持って立ち止まっているリーナさんを横目に見て言うグランツさんに頷いた。きっと、グランツさんがいなければパパに攻撃していたに違いない。

 走って追いかけて来ていた仲間の三人が、グランツさんを見て驚いていたけれど、リーナさんを捕まえると怒りながら離れて行く。けれど、リーナさんはグランツさんに見惚れていて話を聞いていないようだ。


「話し合いをするのか?」

「ああ。そうだ」


 グランツさんに驚いていたようだったけれど、話かけられてパパは短く答えた。何者なのかは見て理解しているのだろう。何も尋ねはしない。


「なら、俺が立ち会おう」

「頼む」


 二人で話をするよりも、何かがあった時に対応できるだろうグランツさんが一緒にいるのは良いだろう。それに、グランツさんは平和を望んでいた。


「アイ、ありがとう」

「私は何もしてないよ」


 正直、本当に何もしていない。フォレストコングを倒してこちらに来ないようにはしたけれど、二人は元々話し合いをしようとしていたのだから。

 これ以上私たちがここにいても何も出来ることはない。話し合いに参加しても邪魔になるだけだ。

 依頼は終わったのだから帰るのがいいだろう。


「それなら、俺らは戻る」

「私が【転移魔法】でおくってやろう」

「ありがとうだニャ!」


 帰ることには何も言われることはなかった。

 ここから歩いて帰るには時間がかかりすぎるということもあり、パパが送ってくれると言ってくれた。

 パパも疲れているだろうけれど、すぐ帰れるのなら送ってもらう方がいい。

 グランツさんはこのままここに残ることになるのだけれど、自分の意思で姿を消せるのだから放っておいても大丈夫だろう。

 呼んだのは私だけれど、自分の意思で話し合いに参加したいみたいだし。

 私たちの足元に魔法陣が現れた。


「アイ、元気でな」

「うん。またね」


 パパの【転移魔法】で姿が見えなくなる直前に言われた言葉に大きく頷いた。

 今回のことが落ち着いたら、一度城に帰ってみるのもいいかもしれない。

 結局休むことができなかったのだから、長期で休みを貰っても文句を言われることはないだろう。

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