20.起床

 目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。ソファで寝たはずだけれど、部屋に移動しているということは誰かが運んでくれたのだろう。

 ウエストバッグはテーブルの上に置いてあって、戦斧は壁に立てかけてある。さらに、ベッドの横にはオアーゼとヴィントが身を寄せ合って眠っていた。

 そういえば、この子たちを出した覚えはあるけれど、影に戻した記憶はなかった。寝ている二匹を起こさないようにベッドから下りて、ドレッサーで自分の角を確認してみた。

 くっついてる。

 角度を変えてみても、折れたような跡は残っていない。シルビアさんが治したと言っていたけれど、わざわざ折れた角を回収してくれたのだろう。そうでなければ、くっつけることはできない。

 お礼を言わないと。

 そのまま身支度を済ませて、【無限収納インベントリ】から服を出して着替える。

 二匹を起こさないように部屋から出ると、どうやらここは二階だったようで、部屋の正面に階段があった。

 一階からは気配を感じる。知らない人の気配ではないので、手すりに触れながらゆっくりと階段を下りた。


「あ、おはよう! ご飯食べる?」

「朝食じゃなくて昼食だけどな」


 一階にいたのはシルビアさんとグレンさんだった。

 二人は向かい合って座っており、紙を広げて何か話をしているようだった。私に気づくと、シルビアさんがすぐに昼食の準備をしてくれた。

 ご飯に味噌汁を用意されて、全て並べられて感動した。和食だった。この世界では和食とは呼ばないだろうけれど、誰かが用意してくれたもので和食が出るのは初めてだった。

 シルビアさんの隣に座り、昼食を食べる。

 二人が話をしていたのは、どうやら周辺にいるブルーウルフのことだったらしい。隣で静かに昼食を食べながら、テーブルに置かれた紙を見る。

 紙はこの村周辺の地図のようだ。いくつかバツ印がついている。話しを聞いていると、バツがついている場所にはブルーウルフがいなかったらしい。

 唯一バツ印がついていない場所は、南にある森だけ。


「今リカルドたちがこの森に行ってるニャ」


 邪魔にならないように静かに食べていると、シルビアさんが教えてくれた。

 他に気配を感じないので、リカルドたちは出かけているのだろうと思っていたけれど、ブルーウルフが森にいないか確認しに行ったらしい。

 私のことは起こさなかったのか、声をかけたけれど起きなかったかのどちらかなのだろう。

 そのまま二人で話をするので、私は昼食の残りをなるべく食器の音をたてずに食べた。食べ終えると、食器を片づけようとした。けれど、グレンさんが「座っていろ」と言って、食器を片づけてしまった。


「あれでも心配してるニャ」


 私がどのような状態の時に二人が来たのかは分からないけれど、心配してくれていることが申し訳なくなった。二人に迷惑をかけてしまったから。

 戻ってきたグレンさんがお茶を持って来てくれたので、お礼を言ってから昨日のことを聞いてみることにした。


「お二人は、いつごろ村に来たんですか?」

「アイが大きなブルーウルフを倒した直後だな」


 大きなブルーウルフ? レッドコウモリと同じように大きな存在がいたということなのだろう。

 ブルーウルフは全てリカルドが【無限収納インベントリ】に入れたらしく、その大きな個体も入っているという。


「その後に、アイを力づくで押さえこんで……」

「シルビアが角をくっつけたニャ」

「ご迷惑をおかけしました。そして、ありがとうございます」


 深々と頭を下げると、逆にお礼を言われた。

 それは、ブルーウルフの数が多かったのが理由だった。私の角が折れていなかったら、リカルドたちやフィンレーさんや仲間のエルフたちが協力したとしても、村に被害を出さずに倒すことはできなかったという。

 私はいったい何をしてブルーウルフを倒したのだろうか。


「シルビアたちがついた時にはブルーウルフは倒れていたけれど、アイの爪が長くのびていて血だらけだったニャ。あと、動きが早かったニャ」


 話を聞いていると、どうやら自分の爪で倒したらしい。思わず匂いを嗅いでみるけれど、血の匂いがしているわけでもない。血もついていないことから、誰かが洗ってくれたのだろう。

 覚えてはいないけれど、その光景を直接見ていたら恐怖したかもしれない。それでも、リカルドたちの態度に変化はなかったように思えた。


「グレンさんとシルビアさんは、ルーズさんから言われてヤエ村に来たんですか?」

「そうだ。もう少し早くこの村に来ることができればよかったんだがな」


 そう言ってお茶を飲んだ。ブルーウルフが襲撃してくるとは思ってもいなかったはずだから仕方がないことだろう。

 それを私一人で倒すとも思っていなかっただろうし。


「話には聞いていたけれど、角が折れるとあんなことになるとは……」

「私どうなっていたんですか!?」


 口に出すことも躊躇うほどの姿になっていたのではないかと不安になり尋ねたけれど、二人は少し驚いた様子を見せてから小さく笑った。


「ただその姿で、アイの体に魔力が巻き付いていただけさ。見た目としては爪が長いだけ」

「アンディさんに注意されたばかりでこんニャことにニャるニャんて、怒られちゃうニャ」

「あの、ママとはどこで会ったんですか?」

「魔王城」


 いつ魔王城に行ったのだろうか。私がいた時には他種族を一度も目撃していない。

 注意されたばかりと言っていたので、最近なのだろうけれど、私が城を出てから会ったのだろうか。


「実は、アイがいる時から城にはいたニャ」

「こっちには近くまで魔王に飛ばされたんだ」


 偶然会うことはなかっただけで、どうやら城にはいたらしい。何をしていたのかは分からないけれど、ママに会っていたことはたしかだ。

 ママは結婚する前は魔王城で暮らしていなかったので、どこかで会っていたのかもしれない。そこまでは聞けるほど仲がいいわけではないので、それ以上聞くことはしなかった。

 私が帰ってこなかったので、冒険者になっただろうと予想したママは二人に魔王城で私の角の話をしたのだろう。冒険者ならいつかどこかで会うかもしれないからと。

 この二人は、私が魔族であることに対して何も言わなかった。城にいたことからも種族を気にしない人たちなのだろう。

 種族を気にしない人たちで少しほっとした。そうでなければ、今何と言われていたのか想像もしたくない。

 三人でお茶を飲みながら話をしていると、扉が開いてリカルドたちが入ってきた。

 ブルーウルフはいたのだろうか。

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