19.角
意識が浮上していく。地面に座り、誰かに体を支えられていることだけは理解することができた。けれど声は出なかった。
それでも、私の体を支えている人は意識が戻ったことに気がついたらしい。
「無理に動こうとしニャくても大丈夫。心配はいらニャいニャ」
まだ思うように体が動かせず、無理に動かそうとはしないで周りの気配を探った。
私を支えてくれているのは声からして女性だと分かる。それに、獣人。肉球が頬に触れていてとても気持ちいい。
手が動くのなら、その肉球をぷにぷにしたいくらいに。喋り方からすると猫なのかもしれない。
すぐ近くにはリカルドもいるらしい。でも意識は私に向いていないようだ。
少し離れた場所にノアさんとノエさん。それにフィンレーさんとエルフたちの気配がする。もう一つは知らない人だ。私の意識がなかった間に、知らない人が二人増えていたらしい。
離れた場所には多くの気配を感じる。その人たちは多分、村の人。でも、どうしてそんな遠くにいるのか。
さっきまで村の中にいた。もしかすると私が何かをしてしまったから、離れているのかもしれない。
「ケルル……」
「クルル……」
近くからオアーゼとヴィントの声が聞こえた。そういえばこの子たちを召喚していた。
声からすると心配してくれているらしい。手が動くのなら、安心させるために触ってあげたいけれど、全く動かないので諦めるしかなかった。
「大丈夫ニャ。君たちのご主人様は意識を取り戻しているから。君たちの声も聞こえてるニャ」
安心させるために女性が二匹に声をかけてくれた。それでも心配なのは変わらないらしい。小さい声が聞こえた。
それにしても、どうしてこんなことになっているんだろう。誰も怪我してないよね?
怪我をしているのかは見ないと分からないので、今は確認することができない。だから耳を澄ましてみることにした。
「モンスターはあの魔族が連れて来たんだわ」
「どうして殺さないんだ」
モンスターってオアーゼとヴィントのことだろうか。その二匹は私が連れて来たことは間違いない。
けれど、契約獣だって見たら分かるはず。どうしてそんなことを言うのだろうか。もしかするとその言葉は二匹に向けたものではないのかもしれない。
「安心してください。彼女は私たちの仲間の冒険者です。それに、ブルーウルフは元々周辺にいたんですよね? それでしたら、連れてきていませんよ」
どうやらブルーウルフのことだったらしい。ノエさんが村の人の言葉を聞いて返していた。いつもと変わらないように聞こえるけれど、少し怒っているような気がする。
もしかすると、私が悪く言われたことが不快だったのかもしれない。
それにしても、私がブルーウルフを連れて来たっていったいどういうことだろう。元々ブルーウルフの討伐のためにこの村に来たはずだ。それなのに、私が連れて来たと言われているということは何かがあったのだろう。
「様子はどうだ?」
「動けニャいけど、意識は戻ったニャ」
「それなら、建物に入った方がいいな。一軒用意してるらしい」
知らない人の声が聞こえた。ノアさんたちの近くにいた人だろう。目を開きたいけれど、まだ無理そうだ。動くこともできない。
できれば自力で移動したいのだけれど、できそうもない。
「俺が運ぶ」
「大丈夫ニャ。貴方より力持ちだから」
突然感じる浮遊感。
いわゆるお姫様抱っこをされているのだということが、目を閉じていても理解することができた。正直恥ずかしいけれど、動けないのだから仕方がない。
「建物はすぐそこだ。お前たちも行くぞ」
「はい……」
男性の言葉にリカルドが返事をした。
歩き出すといくつかの足音が聞こえてきた。六人の足音だ。リカルドたちと名前を知らない女性と男性。そしてもう一つはフィンレーさんだと思う。気配から村の人ではないことが分かる。
「ほら、ぶつけるなよ」
言っていた通り、建物は近くにあったようで男性が扉を開いてくれた。女性が私の足や体をぶつけないように建物の中へと入った。
そしてゆっくりと体を下された場所はソファの上。ふかふかで、このまま寝てしまいそうだ。
「さて、どうしてあんなことになったのか話してもらおうか」
リカルドたちが他のソファか椅子に座ったようで、男性の静かな声が響いた。どうやら男性は、私が横になっているソファに寄りかかっているようだ。
私の頭を優しく撫でてくれている女性は、ソファの横にそのまま座っているらしい。
「俺が、角を折ったからだ」
本当は角を狙っていなかったことを素直に言うフィンレーさん。私が避けたから角に当たっただけ。
「魔族は俺たちエルフの敵だ!」
「違うでしょ! エルフが魔族の敵なの!」
十三年前の出来事を見たからなのだろう。ノアさんが怒りをあらわにしてフィンレーさんに向かって言っている。
たとえそうだとしても、フィンレーさんにとっては魔族がエルフの敵なのだ。魔族の領地を奪うために一方的に攻撃をしてきた。真実がそうであっても、関係ないのだ。
真実を知っているのは私たちだけ。
「魔族は元々他種族と関わりはニャかったから、怖がられてはいたニャ。だから、話し合いをするために、仲良くするために自らを勇者と名乗って魔王城に行った女性がいたニャ。そして話し合いを終えて戻ってきた女性すらも魔族だと決めつけて何も信じニャかった」
「怖い存在の味方をすると、恐れられるってのもおかしな話だがな」
ママのことだ。どうしてこの二人はママのことを知っているのだろうか。もしかしてママの知り合い?
「自分が信じてるものが正しいって思うニャんて怖いよね。洗脳されてるようニャものニャ」
優しく頭を撫で続けてくれる女性は知っているんだ。きっと男性も知っているのだろう。私がママの娘だということを。でもどうして。
体は動かないままだったけれど、ゆっくりと目を開くことができた。
「あ、大丈夫?」
「貴方は?」
「シルビア・ハイト。で、この鳥がグレン・ツァーベルだニャ」
目を開けることができたことによって、女性と男性の姿を確認することができた。
女性は予想通り猫の獣人だった。真っ白な綺麗な猫の獣人で、左目が碧眼、右目が金色のオッドアイ。
男性は鳥人だったようで、見た目が鷲のようだ。前腕から上腕にかけて翼が生えているのだけれど、それで飛ぶことができるのだろうか。
「よかった。具合は悪くない?」
安心したようなリカルドの顔が見えた。動けない私を心配していたのだろう。その顔は今にも泣きそうに見える。
声も出るようにはなったので「うん」と返事をした。目を開けれるようになったからなのか、手も少しだけ動く。時間が経てば体を起こすこともできるかもしれない。
「お前の名前はアイで間違いないんだよな?」
「はい」
誰かが名前を教えたのだろうか。返事をすると、グレンさんは困ったような顔をした。けれど、シルビアさんは嬉しそうな顔をしている。
「やっぱり、アンディさんの娘さんニャ!」
「分かってはいたけれど、ルーズベルは魔王の娘をギルドに迎え入れたわけだ」
二人も私が魔王の娘だと知っているらしい。シルビアさんは私に抱き着いて、喜んでいるのか何かを言っている。
彼女はどうやらママの知り合いらしい。
それにしても、私が魔王の娘だと知っている人はここにはいないんだけど。
そう思いながら、ようやく離れてくれたシルビアさんの近くに立っているリカルドを見ると驚いたまま固まっていた。
まあ、そうだよね。
「魔王の娘だと!?」
最初に声を発したのはフィンレーさんだった。その声に正気に戻ったのかノアさんもノエさんも小声で何かを言っている。聞き取れないけれど、もしかするとルーズさんに対する文句を言っているのかもしれない。
もしかすると、私はパーティから追い出されるかもしれない。
「そういえば、角」
「角はシルビアが治したニャ」
「治した?」
もしかして、角をくっつけたのだろうか。
今更ながら思い出したけれど、『希望の光』続編のラスボスである魔王の娘は、角が折れると第二形態になった。
魔力量が多くて、人間の血も流れている体は角が折れたことにより、魔力を放出して耐えきれなくなったのかもしれない。
「それにしても、突然暴れて驚いたんだからね!」
ソファに靴音を立てて近づいてきたノアさんは少し怒っているようだ。魔王の娘だということにではなく、私の意識がなくなってからの事にだけれど。
「ブルーウルフが村に群れで襲い掛かって来たんですけど、アイちゃんが一人で倒しちゃって、……すごかったんですよ」
そのすごいは、私が一人で倒したことにだろうか。それとも、その後のことを言っているのだろうか。少し興奮気味のノエさんだけれど、魔王の娘だということは気にしているようには感じられない。
第二形態の私ってどんな姿なんだろう。
ゲームで見た姿だと、牛に似ていたけれど、そんな姿になったのだろうか。
「不安に思っているのかもしれないけれど、アイは村の外までブルーウルフを追い出して倒してくれたんだ。だから、誰も怪我はしていないよ。取り押さえるのが大変だっただけかな」
取り押さえるって角を治すために? どれだけ暴れたんだ私。
誰も怪我をしていないようだからいいけれど。
「フィンレー兄様、何処へ行かれるのですか?」
黙ったまま扉を開いたフィンレーさんにノエさんが声をかけたけれど、そのまま何も言わずに出て行ってしまった。
私がいるから嫌なのかもしれない。
「とりあえず、みんニャ今日はこのまま休むといいニャ」
シルビアさんの言葉に、明日はブルーウルフが他にはいないかを確認しなければいけないと思いながら、どうやら疲れているらしい私の意識は眠りについた。
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