第2話
「嫌なら帰ります。晋太郎さんがお嫌なら、帰ってほしいのなら、すぐに帰ります!」
白壁に囲まれた通りは人影もまばらで、駆け足で追いかける私は、すぐにこの人に追いつけた。
大通りに出る一歩手前で、この人は立ち止まったかと思うと、振り返ってため息をつく。
「女子が一人で、外を出歩くものではありません」
そう言われて、私はうつむいた。
武家の者が一人歩きするだなんて、あり得ない。
だけど、今だって晋太郎さんは、一人歩きしようとしているくせに……。
帰るつもりはさらさらない。
もしかしたらこの人は、自分から帰ってほしいと思っているのかもしれないけど……。
じっと黙ったまま突っ立っていたら、この人はまたため息をついた。
「何がお好きなのでしたっけ? ところてん? こんにゃく?」
「どちらも好きです!」
再び歩き始めた背中を、必死で追いかける。
人混みの中をかき分けるようにして歩きながら、数歩後ろをついて歩く私を、それでも黙って許してくれている。
晋太郎さんはすぐ近くにあった、川沿いの小さな茶店に腰を下ろした。
無言で隣に座るよう促される。
私が腰を下ろすと、晋太郎さんは大根を注文した。
「この店では、これが一番美味いのです」
大釜でゆでた大根の一切れが出される。
それは湯気を立てたまま、その人の口に消えた。
私は自分の手に乗せられた、柔らかな煮物に箸を通す。
醤油で煮付けたこの大根は、確かに美味しいけれど……。
昨晩私が好きだと言ったのは、桃と梨だったし、これはところてんでもこんにゃくでもない……。
「こういった味付けが、お好きなのですか?」
晋太郎さんを見上げてみても、それに返事は返ってこなかった。
話しかけたのが聞こえていなかったのか、さっさと食べ終わったこの人は、橋を通り過ぎる人々の群れをぼんやりと眺めている。
私が食べ終わるのを待って、すぐに立ち上がった。
「では戻りましょう」
「お出かけは、よろしかったのですか?」
「えぇ、もうよいのです」
すたすたと歩き出す。
「あ、やっぱりお邪魔でした?」
「いいえ。そういうことではございません」
晋太郎さんはその言葉通り、来た道をまっすぐに戻ると、屋敷の門をくぐり再び北の奥へ引きこもってしまった。
その姿になぜか胸が痛む。
仕方なく部屋に戻ってみると、出て行った時に放り出した裁縫道具が、きれいに片付けられていた。
きっとお義母さまだ。
裁縫の続きをしようにも、針を持つ気にはなれない。
出来ればもう少しだけ、二人で話していたかった。
嫁に来たのに、これでは嫁ではないみたいだ。
あの人は、私と仲良くしようという気もないのだろうか。
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