第3話
悲しくはないけど、少し疲れた。
怒るほどのことでもないかもしれけど、遠慮は無用と言ったのはなんだったの?
ふいにゴトリと音がして、襖の向こうへ聞き耳を立てる。
晋太郎さんが持っていた手桶を、廊下の柱へぶつけたようだ。
「どちらへ?」
襖を開けた時には、もうその姿は見えなくなっていた。
お義母さまと言い争う声が遠くに聞こえてくる。
私はそれに、じっと聞き耳を立てていることしか出来ない。
やがてそれも静かになったかと思うと、晋太郎さんは再び家を出て行ってしまったようだ。
あの人は私を家に連れ戻すことに成功すると、すぐにまた出かけて行ったのだ。
夕餉に再び顔を合わせる。
食事をしている最中も、一言も言葉を交わさなかった。
お義母さまが口火を切る。
「晋太郎。今日はどこへ出かけていたのですか?」
晋太郎さんは白飯を口に放り込むと、ゴクリとそれを飲み込んだ。
「墓参りですがなにか」
「なら志乃さんも、連れていって差し上げればよかったじゃないですか」
晋太郎さんは腹を立てている。お義母さまも腹を立てている。
「……では、次からはそういたしましょう」
その言葉に、義母は私を振り返った。
「だ、そうですよ、志乃さん。次はちゃんと晋太郎に案内してもらってくださいね」
「……。はい……」
いつになく張り詰めた食事が終わり、いつものように夜が来て、いつものように布団に入る。
長い長い夜となっても、晋太郎さんはその日、私の起きている間に寝所に現れることはなかった。
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