第4章 第1話
目が覚めたら、今朝はまだ晋太郎さんが隣で寝ていた。
それだけのことになんだかうれしくて、布団から飛び起きる。
起こさないよう、こっそりと部屋を出た。
朝餉の支度が出来て、やってきたその人の横に座る。
「ご飯、よそいます」
今まではこんなことすら言えなくて、黙って差し出した私の手の上に、無言で茶碗が置かれるだけだった。
相変わらす私の手に茶碗をのせるこの人の仕草には、何の変わりもないけれど、言えた自分の一言がうれしい。
なにか気に入ってもらえるような、可愛くて面白い話を思い出そうとしている。
掃除や縫い物をしていても、奥の部屋ばかりが気にかかる。
そこにあの人がいると思うだけで、縫い目すら違って見える。
今夜はなんの話をしようか、岡田の家での話?
木登りして落っこちたとかいう話は、気に入ってもらえるかな。
「出かけてきます」
ふいにその人の声が聞こえて、針と糸を放り出した。
晋太郎さんの背が廊下を曲がる。
「どちらに行かれるのですか?」
勝手口の土間に並んだ草履を引っかけ、出て行こうとするその人にようやく追いついた。
「すぐに戻ります」
脇には小さな縦長の手桶と、ひしゃくが置いてある。
「先祖の墓参りですか? 待って、私も行きます! 一緒に行ってもいいですか?」
「え?」
晋太郎さんは、明らかに困惑していた。
「供はつけなくてもよいのですか?」
「あ、あなたは来なくてもよろしい」
夫婦で並んで出かけるなんてことが、この人にとっては恥ずかしいのかもしれない。
たしかにそんな夫婦はいないかもしれないけど、それでも私は、そうしたい。
「どうして? 一緒には行けないようなところなのですか?」
「そういうワケでは……」
台から飛び降り駆け寄った私に、この人は明らかに嫌がるようなそぶりを見せた。
「私が行ってはお邪魔ですか?」
その人は言葉に詰まる。
「いつも一人で行っているので……」
小さな手桶を握りしめている。
騒ぎを聞きつけた義母がやって来た。
晋太郎さんをギロリと見下ろす。
「志乃さん、一緒にお行きなさい。私が許します」
そう言った義母を、晋太郎さんも負けずににらみ返した。
そのままくるりと背を向けると、その場を後にする。
「では、行って参ります!」
私は急いで後を追いかけた。
高い白壁の続く道を、必死で追いかける。
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