第4話
行燈の薄明かりの中で、じっと目をこらす。
唐草文様のぐるぐると複雑に渦巻いた透かし彫りの向こうに、寝巻き姿の晋太郎さんが見えた。
部屋に入り、着物の兵児帯に少し手をかけてから、膝を落とす。
「あ、あのっ!」
勇気を出して飛び起きた私に、その大きな肩はビクリと動いた。
「お、お話があるのですけど……」
「……何でしょう」
晋太郎さんは襟元を整え、枕元に正座する。
私も慌てて、その正面に座った。
その人のぎゅっと握りしめた拳の関節が、行燈の灯りに照らされて浮かび上がる。
こうして向かい合ったはいいが、何を話すのか考えていなかった。
今夜は絶対にこの人に話しかけようと、そのことだけで頭は一杯だった。
「……。わ、私は、桃より梨が好きです」
ようやく思いついたそれだけを言って、恐る恐る晋太郎さんを見上げる。
「あ、もちろん桃も好きですけど……」
自分でも失敗したと分かっている。
晋太郎さんは微動だにせず、何も表情を変えないまま、じっと私を見下ろしている。
「あ、甘納豆も好きですが、汁粉も好きです。焼き栗も好きだし、蒸かした芋も好きです」
自分の寝巻きの袖を、ぎゅっと握りしめた。
「晋太郎さんのことは……、私は、お義母さまからたくさん聞いて知っていますけど、晋太郎さんは、私のこと、あまり知らないだろうと思って……」
「……そうですね」
沈黙が続く。
さほど広くはない部屋で、行燈の明かりが揺れている。
この人からの言葉はない。
「また明日も、お話ししてもいいですか?」
「……。まぁ、それほど長くないのであれば……」
そう言われて、どうしていいのか分からないまま、もじもじとしている。
その人はふいに横顔を向けると、立ち上がった。
「話が済んだのなら、休みます。失礼」
「わ、私にも、何か言いたいことがあったら、遠慮せずおっしゃってください」
「えぇ、分かりました。互いに遠慮は無用です」
その人は衝立の向こうでさっさと横になると、布団をかぶり背を向けてしまった。
私も布団に潜り込む。
これでいいんだ。
ちょっとずつ、ちょっとずつでいいから、ゆっくり、ちゃんと、仲良くなろう。
そう誓って、目を閉じた。
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