第3話
駆け戻ると、お義母さまとお祖母さまは障子から頭だけを廊下に出し、こっちの様子を窺っていたようだ。
ひょいと首は引っ込む。
泣き出しそうな私を見て、お義母さまは大げさに声を荒げた。
「まぁ! あの子ったら、志乃さんに何を言ったの?」
「た……箪笥に、触るなって……」
「ほんっとに全く、相変わらずなんだから……」
義母はイライラと手を揉んだ。
「分かりました。では私が行って、話をつけてきましょう!」
「その必要はないですよ」
ふいに障子が開いた。
もぐもぐと口を動かしながらやって来たその人は、甘納豆の粒を口に放り込む。
腰を下ろすと盆を畳に置いた。
「母さんの方こそ、どうなんですか? 志乃さんを使って介入しようとは。それこそ卑怯者の所業と罵られても、仕方ないのでは?」
そう言って、じっと上から見下ろす。
「まぁ! なんということでしょう。実の母に向かってその口の利き方とは。大体あなたが……」
「志乃さん」
晋太郎さんは怒り始めたお義母さまを完全に無視して、視線を私に向けた。
「あなたが気になさるようなことは、この家には何もないのです。それだけはしっかりと覚えておいてください」
口の端についた甘納豆の欠片が今にもこぼれ落ちそうで、私にはそれが気になって仕方が無い。
「これは、私と両親との間の問題なのです。分かりましたか?」
「ここに……」
私は自分で自分の口の端を差す。
「甘納豆の欠片がついております」
「……。理解してくださったのなら、それで結構です」
晋太郎さんは指の先でそれを拭った。
立ち上がり、お義母さまをギロリとにらんでから、また奥の部屋へ戻っていく。
姿が見えなくなって、ようやくほっとため息をついた。
お義母さまはプリプリ怒っていたけど、私は義母の部屋を出る。
すっかり自室となってしまった、夜には寝所となる部屋に戻ると、いつも晋太郎さんが寝ている畳の場所を見つめた。
私はあの人にとって、頼りない嫁なのかもしれない。
何も知らぬ年若い嫁など、気にもかからぬのだろう。
すぐに何もかもが上手くいくだなんて、そんなことは思ってはいなかったけれども、それでも少しは傷ついた。
一度家を出たからには、簡単に帰るわけにはいかない。
私の居場所は、もうここにしかないのだ。
自分の置かれた場所を少しでもよくしていきたい。
そのためにはあの人のことも、ちゃんとしないと。
子供の頃から知っている寺子屋仲間の男の子とか、奉公人とは違うんだ。
他に男の人で口を利いたことがあるといえば、お稽古の先生か、お父さま、お兄さまくらいしかいない。
晋太郎さんにとっては何ともないことかもしれないけど、私にとってはこの全てが初めてのことなのだから……。
「よし、覚えた。『晋太郎さんは、甘納豆が好き』!」
夜になって、布団に潜り込む。
いつものように少し間をおいてから、衝立の向こうの襖は開いた。
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