第2-3話 到着、呉海運商業高校

 

「遥、恵、見えたぞ~」


「おお~、きれー!」


 尾道の街を出発して2時間くらい……あたしたちは最終目的地である呉の街に近づいていた。

 海岸線ギリギリに伸びる都市高速道路からは、真っ赤な夕陽が江田島の向こうに沈んでいくのが見える。


 穏やかな瀬戸内海に浮かぶいくつもの島、夕日を反射して真っ赤に輝く水面と影絵のようにたたずむ深緑の島々……息を飲むほどに美しい光景である。


「ふむ……今も昔も江田島や呉は海軍の街……私たちが短期留学する呉海運商業高校も、授業にカッター (短艇)訓練を取り入れているそうですので、下半身に比べて上半身がいささか貧相なハルカは鍛えてもらったらどうですか?」


「……えっ? もしかして上半身を鍛えたら胸がおっきくなる!?」


「女性の胸の大きさは14歳でほとんど決まるそうなので、残念でしたねwwww」


「むき~っ!!」


 いつものやり取りをかわしながら都市高速道路を降りたあたしたちは、駅前通りを経由して港の方に向かう。

 でっかい潜水艦を横目に通り過ぎ、呉の港と海上自衛隊さんの施設のほど近く……昔の造船所の跡地を利用した広大な敷地。


 海に突き出す桟橋まで完備したココがあたしたちの短期留学先の呉海運商業高校である。


「摩耶山上高校飛脚部の皆さんですね~、まっちょりました~」


 歴史を感じさせるレンガ造りの校門の前に、人影が見える。

 にへらっ、とどこか癒される可愛らしい笑みを浮かべて、一人の女の子が話しかけてくる。


 少し青みがかった黒髪をおさげに結び、少しそばかすの残る柔らかそうな頬。

 呉海運商業高校の制服である真っ白なセーラー服を着て、丸いメガネをかけている。


「はじめまして! 敷島 遥です……もしかして、待っててくれたの?」

「はいっ! ウチは笹井 咲良ささい さくらっていいます。 1年です~」


「ふむ……それなら同級生ですね、私は滝川 恵アンダーソンです」


 お互い自己紹介をかわしていくあたしたち。

 と、ニコニコしていた咲良ちゃんが、海くんを見た瞬間、いたずらっぽい表情になる。


「久しぶりだな、咲良!」


「にひ、この子が噂の遥さんか~、海にぃ、相変わらずじゃね~」


「……ほっとけ」


「あれ、海くん知り合いなの?」


「ああ……ウチのじいちゃんは呉出身で……コイツは従姉妹なんだ」


「へぇ~……あ、咲良ちゃんの広島弁可愛いね!」


「じゃろ♪ 今夜はウチの母ちゃんが美味しい焼き牡蠣と小イワシの天ぷらを食わしてくれるけ、期待しとってね!」


「!! あたしココに永住しようかな……」


「……2か月後、望まない形で膨らんできた自分の腹を恨めしそうに撫でながら、ハルカはそっと涙するのであった」


「バッドエンドの昼ドラみたいな展開にしないでっ!」


「ぷっ……ふたりともオモロ~」


 素朴な雰囲気を持つ咲良ちゃんと一瞬で仲良くなったあたしたちは、下宿先となる彼女の実家で、たらふく広島の海の幸を堪能したのだった。



 ***  ***


「んっ……ふむ……ハルカ、対ゴールデンウィーク前比較でウエストが1.2㎝増加していますよ……このペースだと半年後にはビア樽になると予想します」


「ふげっ!? 不吉なこと言わないでめぐみん! 昨日の晩ごはんも今日の朝ごはんも全部美味しかったのが悪いんだぁ!」


「それには同意ですが、どんぶり5杯もおかわりするヤツがありますか……めぐみんすぺしゃるアーツ二式、腹筋への負荷を35%上げます」


「いだだだだだだっ!? めぐみん、ギブ、ぎぶっ!」


 翌日、貸してもらった純白のセーラー服 (すっごくかわいい!)を着て、ウキウキしながらあたしたちの短期留学先であるトランスポーター科のクラスに挨拶したあたしたち。


 ココは商業高校なので、普通科の摩耶山上高校に比べて実践的な授業に興味をひかれつつ早くも放課後。


 咲良ちゃんをはじめ、トランスポーター科のみんなとトレーニング前のストレッチを行っていたところだ。


「ホントあのふたりは仲良しさんじゃね~」


 いつも通り背中合わせのストレッチをしている最中に、あたしのお腹に宿る不摂生の証を看破され、めぐみん特製のすぺしゃるアーツをキメられるあたし。


 海くんと組んで肩のストレッチをしていた咲良ちゃんがそんなあたしたちを見て苦笑している。


「あううううっ……腹筋がよじれる……」

「あ、そうだ……咲良ちゃん、一つ聞いてもいい?」


 バキバキに負荷を掛けられた腹筋を労わりつつ、先ほどから気になっていることを聞いてみる。


「ココでは部活動じゃなくって、”学科”としてメッセンジャーの活動をしているんだよね?」

「在籍している人数も多いのに、走ってる”女子”が少ないのってなんで?」


 そうなのだ……咲良ちゃんが所属し、あたしたちが編入させてもらった「トランスポーター科」は、1学年70人ほどで、そのうち半分は女子なのだけれど、広いグラウンドを走っている子が少ないのだ。


 あたしの問いに、咲良ちゃんはああ、という顔をすると、何でもない事のように説明してくれる。


「この辺は島が多いじゃろ? 橋が繋がっとらん島もあるから、”ボート”をメインにやっとる子が多いんよ~」


「ふ~ん、そうなんだ」


 そういえば聞いたことがある。

 広島県や長崎県など、島が多い地方ではメッセンジャーやトランスポーターが荷物を走って陸送するだけじゃなく、複数人で脚漕ぎする”貨物ボート”を使うこともあるらしい。


 ただ、現在”ブルーリボン賞”の対象となっているのは陸送部分のみ……思ったより早く結果が出せるかも……こっそりあたしは心の中でガッツポーズを取るのだった。



 ***  ***


「うっわ! ぶち速いであの子!」

「アレが神戸から来た子? やっぱ”中央”で競っとる子は違うわ~」

「ていうかあの爆発的な加速ってなんね? グラウンドえぐれとる……あれが”スキル”ってヤツ?」


 ストレッチを終えた後お気に入りにローファーに履き替え、ウォームアップを兼ねて全力ダッシュを繰り返すあたし。

 思わず得意の超加速スキル (カッコいい名前募集中!)まで見せちゃった。


 見学に来たのか、グラウンド脇に集まった白い制服姿の子たちの称賛の声がくすぐったい。

 よおおおおっし、遥ちゃん絶好調~!


「あはは、やっぱ”京阪神7位”はすごいなぁ~後でウチにも走り方教えてなぁ」

「はい、遥ちゃんタオル」


「ん……ありがとう咲良ちゃん! あたし、頑張ってすぐにブルーリボン・安芸獲っちゃうね! そしてG3昇格だ~っ!」


「……サクラ、この調子に乗るとすぐ胴回りが豚さんになる脳足りんオンナを褒めすぎてはいけません……ハルカはドMなので、ゴミを見る目で見下すくらいでちょうどいいのです」


「……なにも知らない呉の皆さんに誤解を与えないでもらえるかな? ……めぐみんの視線にはゾクゾクしちゃうけどっ!」


「…………」


 いつものやり取りなら、もう一言二言愛のある?暴言が飛んでくるのだけれど、なぜか恵はあたしに気づかわしげな視線をよこす。


「まぁ、一歩一歩だな……俺たちはまだこっちの状況も良く分かってないしな」


 けん引の成績でトップクラスの数字を出したらしい海くんも、あたしの頭をぽんぽんしながらやけに慎重な事をいう。


 むぅ……みんな絶好調なのに……どんどん走ってスコアを稼ごうよ。


 ぷくっと頬を膨らませたあたしだが、もっと走りを見せてというトランスポーター科の皆さんの声に答え、もう一度グラウンドに駆け出すのだった。

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