第2-2話 瀬戸内の風と大地
「ほっ、ほっ……う~ん、気持ちいいな~!」
抜けるような青空の下、時速50㎞から60㎞くらいの巡航速度で山陽道を駆け抜ける。
姫路を過ぎ、岡山県を抜け……もうそろそろ全行程の7割程度は来ただろうか。
高速道路はぐんぐんと山を登り、左手遠くには瀬戸内海の島々と、斜面にへばりつくように密集した街が見える。
古くは造船の町として栄えた、映画のメッカで文化都市としての一面もある尾道の街だ。
「ふむ、尾道ですか……15年前の異変で船の需要が激減したそうですが、造船業者が所有していた大型工作機械を活用して現在は飛脚シューズの一大生産地となっているそうです」
「ここまで来ることはめったにありませんし……寄って行きませんか、と言いますか寄りますね」
「ハルカ……貴女の地獄の餓鬼にも勝る底なしの腹も早くラーメンを食えと吠えているのでしょう? さあ早く早く!」
飛脚シューズ研究者もとい魔改造マニアである恵が、金色の両目から怪しい光を放ちながら力説する。
こちらの返事を待たず、赤白の学校指定ジャージのハーフパンツから伸びるしなやかな両脚は、すでに尾道インターチェンジの方向へ向かっていた。
「むぅ、めぐみん……人をそんな食欲魔人みたいに……確かに10杯は食べたいけど」
「……マジですか、驚愕です」
もともとあたしも尾道ラーメンを堪能したかったのだ。
長距離移動手段が激減し、僅かに運用されている電磁誘導船も物資輸送に使われている現在、複数の県をまたいだ旅行は一般的ではなくなっている。
あたしたちの生まれる前は2~3万円で北海道や沖縄、ヘタをすれば海外にまで行けたらしいけど、とても信じられない。
今でもわずかに新幹線や海外旅客航路は運行されているものの、びっくりするほど高い。とんでもなく高い。
新婚旅行として一生の思い出に……くらいが精々である。
あたしたちメッセンジャーはその気になれば走って行けるんだけど……あまり遠くに旅行に行こうという発想自体が無いのが現代人なのだ。
「そーいえば、一時期おじさん……大地さんが技術指導に行ってたらしいぜ?」
「確か今ではシェアNo3の……」
「海くんマジでっ!? それならめぐみん、その会社に行ってみよ!」
あたしは小さかったのでよく覚えていないけど、確かに父さんが西の方に出張していたという記憶はある。
ラーメン以外にもがぜんやる気の出てきたあたしは、恵や海くんと一緒にインターチェンジを出ると、尾道の街へと向かった。
*** ***
「くうっ……魚介の風味が感じられる漆黒のさっぱりスープに……ぷるぷるの豚の背脂がっ……あたし、何杯でもイケちゃうっ!」
高速道路のインターチェンジから丘を駆け下り、斜面に広がる尾道の街を横目に見ながら、向島を望む海峡にほど近い尾道駅までやってきたあたしたち。
事前にネットで調べておいた尾道ラーメンの名店に突入する。
街角にたたずむベージュ色の市松模様が施されたカワイイ建物……真っ赤なのれんが食欲をそそる。
神戸から走ってきてお腹がぺこぺこのあたしたちは、3人で10杯以上の尾道ラーメンをテーブルの上に並べると、ひたすらむさぼり食べていた。
「……一人で5杯以上食べているハルカと一緒に描写しないでいただけますか?」
「まるで私も食欲魔人みたいじゃないですか」
お店の大将から大食い高校生たちに注がれる生暖かい視線に気づいたのか、口をとがらせる恵。
「普通のJK1年生はラーメン2杯とじゃこごはん大盛りを一緒には食べないと思うよ?」
「……何のことでしょう? ……たまとっちゃるけぇのぉ!!」
「ああっ! あたしの味玉がハジかれた!? 流石本場……仁義なき戦いじゃ! ていっ!」
「なっ! 楽しみにしていた
「……お前ら、静かに食え」
いつものじゃれ合いを始めるあたしと恵に、冷静にツッコミを入れる海くん。
瀬戸内の青い海が見える窓から吹き込む潮風に、吹き出た汗を撫でてもらいながら、あたしたちは至福の昼食タイムを満喫したのだった。
*** ***
「マップによるとこの辺りにあるはずなのですが……」
尾道ラーメンをたらふく詰め込んだあたしたちは、尾道名物の渡船 (電磁誘導船にくわえ、メッセンジャーの娘が脚漕ぎで運航する船もあるみたい……びっくりした)で尾道市街の対岸にある向島へやってきていた。
造船業から転換した飛脚シューズメーカーを訪ねるためである。
「あっ、めぐみん! あそこじゃないかな?」
今では使われていない大型のドックや天を衝く高さのガトリングクレーン。
潮の香りと機械油の匂いが混ざり合う、巨大な産業遺産とも呼べる男の子が好きそうな風景の端に、真新しい2階建ての建物が見える……対照的に年季の入った「神山造船」のカンバン。
目指す飛脚シューズメーカーはあそこで間違いなさそうだ。
*** ***
「ふむふむ……ブーツタイプの飛脚シューズですか……今のトレンドは軽さを追求し、足首の可動域を邪魔しないローカットスニーカー、ローファータイプですが、悪路の多い大陸諸国ではこのタイプの需要が大きいと聞いています……はっ!? ブーツの厚底ソールをハルカのローファーに取り付け、複数の地脈抽出素子を並列励起できるようにすれば、2レンジは上の出力を取り出せるのではっ!」
建物の1階はショールーム兼工場直売ショップとなっており、神山造船の歴史と、様々な飛脚シューズがディスプレイされている。
照明が当てられ、キラキラと輝く様々な飛脚シューズに恵は興味津々のようだ。
……なんかヤバイ事をブツブツ言ってるので、後で釘をさしておく必要があるかもしれない。
爆発する靴はもう嫌です。
あたしは飛脚シューズそのものにはあまりこだわりが無いけれど、恵の言うように今の日本ではスニーカーやローファーが主流で、ブーツはあまり人気が無い。
どうしても重くなることと、主要幹線は高品質なアスファルトで舗装されていることが主な要因だけど……女子的に生々しい理由として、長時間をブーツで走るとその……スメルがフィーバーするのだ。
ソックスやタイツを履くより素足の方が地脈の流れの変化を掴みやすい……そういうわけなので、素足で飛脚シューズを履く方が主流なのだが、通気性の悪いブーツだとどうしても……高性能な中敷きを使っても限界がある……あっ! あたしやめぐみんは対策バッチリだからねっ!
あまりこの話をしていると臭ってきそうなので横に置いておく。
あたしは壁に掛けられた神山造船の歴史が記されたパネルを順に見ていく……と、一枚のパネルに目が釘付けとなる。
「飛脚シューズ・量産ロット初出荷記念」と銘打たれた写真に写っているのは……父さんだ!
あたしの記憶と寸分変わらない、出来立ての飛脚シューズを持って笑顔で写真に納まる父さんの姿を見ていると、思わず胸の奥からこみあげてくるものがある。
こうやって父さんはみんなを笑顔にしていたんだなぁ……不肖の娘としては、嬉しいやら誇らしいやら……絶対に日本一のメッセンジャーになるんだと改めて心に決める。
「……はい、こちらのソール全部と特別モデルも頂けますか?」
「あ、支払いはリボで」
「ってこらめぐみん! あたしが立て替えとくから危険な事をしてはいけません!」
買い物欲という魔物に取りつかれ、
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