第2-1話 Go West

 

「……おはようございますハルカ、海さん」


「おはよ~、めぐみん!」

「海くんもおはよ~」


「お前らおはよう……って遥、眠そうだな」


 長いようで短かかったゴールデンウィークが終わり、いよいよ摩耶山を彩る緑が濃くなってきた5月、早朝の摩耶山上高校グラウンドに、あたしたち摩耶山上高校飛脚部総勢3名は大きな荷物を抱えて集まっていた。


 まだ日が昇ったばかりの午前6時半……最愛の弟である純くんとのしばしの別れを惜しむ間もなく自宅マンションから蹴りだされた (少しきゅんとした)あたしは、制服や私服……女子らしくぬいぐるみやコスメセット、携帯ゲーム機や釣りキットを詰め込んだ大きなバックパックを背負っている。


 あたしの服装は学校指定のジャージで、足元はスニーカータイプの飛脚シューズ。

 恵も海くんも似たような格好である。


 ……特にちっちゃな体に大きなバックパックを背負った恵が可愛くて、思わずなでなでしたくなってしまうが、子ども扱いすると噛みつかれるので我慢しておく。


 なぜあたしたちがこんな格好をしているのかというと……。


「むむむぅ……まずは地方で修行……広島への短期留学かぁ」


 空先生が作ってくれたイマドキ手書きで「遠征の栞」と書かれた小冊子をめくりながらため息をつくあたし。


 ”ブルーリボン・JAPAN”を獲りたい!


 そう宣言したあたし。

 顧問である空先生はあたしの本気を察してくれたのか、まずはG1昇格を目指すための活動プランの立案を約束してくれたのだが……。


 ゴールデンウィーク中に渡されたそれに示されていたのは、”地方への遠征”だった。


「5月は絶対ブルーリボン・京阪神を獲るつもりだったのに……G3昇格へのポイント稼ぎの事を考えても、こっちで出走した方が良くない?」


 日本一のメッセンジャーになるには、色々な経験をすることも必要……まずは地方を見てこい。

 空先生の言葉に一度は納得したものの、やっぱりモヤモヤするあたし。


 理由はよく知らないけど、”メッセンジャー”として地脈の力を自在に使えるのは10代中盤~20代前半までがピーク。

 もうすぐ30歳になる”第一世代”の中には、僅かに現役を続けている人もいるけど……身体能力の衰えと共に、段々と”地脈の波”に乗れなくなるのだ。


 日本一を目指すため、”中央”である東京~関西間で頑張りたい……あたしはそう思っていたのだけれど。


 ううっ、もどかしいなぁ。


「……現実的に、ウチはG3未満の弱小部なのですから、地方で勝利の経験を積むことには合理性があります」

「それに、月間の”京阪神”ランキングで与えられるG (グレード)ポイントは1位が50ポイント、ハルカの月間7位wwwで加算されるのはわずか2ポイント」

「無印→G3への昇格基準は所属チーム単位で200ポイントですから、おっとびっくり、8年かかりますね!」


「……気が付けば、いつの間にかハルカも20代半ば……走る事のみに青春をささげ、ようやくG3の称号を勝ち取ったが、長身超イケメン金持ち男子をゲットして優雅に暮らす私めぐみんをみて、あたしの人生は何だったのだろうと薄暗い部屋でカップ麺を啜りながら、静かに涙を流すのであった……貯金も尽き、もはや夜の街で働くしかない……ああ、なんて不憫なんでしょう」


「ちょっ、ちょちょちょっ!? 遥ちゃんどうしてそこまで転落してるのっ!?」


 腕を組み、ぶつぶつと不満を漏らすあたしに残酷な現実を突き付けてくれる恵。

 ……あのね、親友の転落人生を詳細に描写しないでくれるかな?

 ちゃっかり自分は幸せ人生歩んでいるし……。


「ま、まぁ……俺や恵の分もあるからもう少し早いだろうが、やっぱ部員が3人だとどうしてもな」

「広島地区の”ブルーリボン・安芸”を獲れば、30ポイント入るらしいぜ? メッセンジャーやトランスポーターの層は関西より薄いし……先生の提案も悪くはないだろ?」


 あたしの頭をぽんぽんと撫でてくれる海くん。

 そっかぁ……くじけずに中央に挑み続けて栄光を勝ち取るのもカッコいいけど……地方で地道に実績を積んだ遥ちゃんが、颯爽と中央のタイトルをかっさらう……うん、それもいいかもしれない!


 海くんの手のひらの温かさに、心の中のもやもやが溶けていくのを感じる。


「……まあぶっちゃけ、今の私たちの選手層と設備と活動資金と偏差値 (私以外)……では、四六時中勉強とトレーニングをしているドM集団の白猫学園の皆様には勝てるはずがないんですけどね」


「はうううっ!? それは言わないで!」


 あまりにストレートな恵の評価に、あたしは思わず頭を抱えて叫んだのだった。



 ***  ***


「よ、よしっ……気を取り直して……3号通って、姫路から山陽道に乗る感じでいいよね?」


「問題ないかと」


「なあ、せっかくの遠出だから美味いもん食おうぜ」


「!! それじゃ、尾道に寄ってラーメン食べよ!!」


「……またラーメンかよ」


 気を取り直したあたしは、スマホのナビで広島までのルートを確認すると、大きなバックパックを背負い直して走りだす。

 恵と海くんも、あたしの後を付いて来てくれる。


 広島までは300㎞以上……のんびり景色を楽しみながら行きますか~。


 学校前の急坂を下り、神戸の街を右手に見ながら、阪神高速3号線の高架に向かう。

 ゴールデンウィーク前に向かった京都とは逆方向……姫路方面の入り口に向かったあたしは、インターチェンジの手間に忘れたくても忘れられない赤い制服を着た集団が集まっているのに気づく。


「あれは……」


「神戸白猫学園総合物流部の方たちですね」


 口ではいろいろ言っていても、彼女たちの後塵を拝している現状はやはり悔しいのだろう。

 形の良い恵の眉が鋭くゆがむ。


 あたしたちは思わず脚を緩めるが、向こうもこちらに気づいたようだ。


 金髪縦ロール、碧眼という目立つ外見 (噂ではフランスとのハーフらしい)の麗奈さんは、ぱっと表情を輝かせ足を肩幅に開き、右手の甲を左頬にあてて……高飛車お嬢様っぽいポーズをとる。


「こほん……お~っほっほっほっ! これは奇遇ですわね摩耶山上高校飛脚部の皆さん!」

「聞きましたわ! これから地方へ武者修行へ出られるとか……わたくしたちに追いつけるよう、せいぜい体に気をつけて頑張ってくださいませ!」


「……広島県、特に県北には交通量の少ないルートも多いですから、熊には気を付けるのですよ」

「メッセンジャーの脚なら逃げ切れますので、万一遭遇した場合は一目散に逃げるが吉ですわっ!」


 ……あいかわらず有用なアドバイスをくれる人だ。

 なんかカワイイかも……あたしが思わず頬を緩めたとき、ひとりの女の子が集団から歩み出てくる。


 そろそろ暑くなるというのに白猫学園の制服である赤の長袖ブレザーをきっちりと着込んだベリーショートで黒髪の、気の強そうな双眸を持った女の子。

 学年はあたしと同じ1年生だろうか……胸元のリボンの色でそう判断する。

 彼女はびしりとあたしに指を突き付けると、良く通る声で話し始めた。


「知ってるだろうけどボクは犬山 凛いぬやま りん……あなたと同じ1年生」

「敷島 遥! 4月は不覚にもあなたの後塵を拝してしまったけど、5月は完膚なきまでに叩き潰してあげようと思ってたのに地方に逃げるなんて……もしかして怖気づいちゃったの?」


「ふん、やはり所詮は弱小校……まぐれの成績じゃ、ボクの敵ではないってコトね!」


 きりりとした太眉の角度をさらに急にして、鼻息も荒く畳みかける犬山……凛ちゃん。

 だがしかし、あたしは彼女のことをよく存じ上げていなかった。


「え、えっと……どちら様でしょう?」


「……マジで言ってますかハルカ? 彼女は4月の”京阪神”ランキングで第8位……」

「名門校の1年生ホープなのに弱小公立校1年であるハルカに抜かされてしまい、リベンジに燃えるライバルキャラになるべしと颯爽と登場したのにもかかわらず、とか、ちょっと酷いんじゃないですか?」


「ええっ……あたしことにしてるから、気付かなかったよ……」


「!?!? くっ……うぐぐぐぐ!」


 あたしと恵の反応を見て、なぜか顔を真っ赤にしてプルプルと震える凛ちゃん。

 大きな黒目の端には涙がにじんでいる……ちょっと可愛いかもしれない。


「あぅ……覚えてなくてごめんね? 同じ1年生なんだし、仲よくしよ!」


「……ふむ……ボーイッシュな太眉ボクっこライバルキャラですか……少々属性過多な所がありますが、TS対象としては美味しいかもしれません……」


「……めぐみん、それは心底やめたげて」


 同級生のメッセンジャーに対して、失礼な反応だっただろうか?

 いささか慌てたあたしは、なるべくフレンドリーに話しかけたつもりだったのだが……。


「くっ……お、覚えておくことね! あなたたちが地方で遊んでいる間に、関西のナンバーワン一年生はボクになってるんだから……うわ~ん!」


 凛ちゃんはやけに子供っぽい泣き声を上げると、阪神高速3号線を大阪方面に走っていってしまった。


「えっとその……お~っほっほっほっ! 長距離ランは足首だけではなく股関節にも負担が参りますから、少し北に寄り道して湯来温泉で休息されることですわね! ……ではごきげんよう」


 麗奈さんは一瞬おろおろしたが、またもや有用なアドバイスをくれた後……ほかの部員たちを引き連れてどこかに行ってしまった。


「……なんつーか遥、恵……お前らの煽りスキルスゲーな」


「?? なんのこと?」


「ふふ……おほめに預かり光栄です」


 そんなライバル?たちとの邂逅を終え、あたしたちは改めて広島に向かって走り始めたのだった。

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