第1-7話 遥の夢

 

「はううううっ……酷い目に遭った……」


 放課後、マッドサイエンティスト腐女子な親友が作った怪しげなソール……”飛脚シューズ”の部品だ……を付けたローファーを履かされ、グラウンドに飛び出したあたし。

 わずか1秒で時速40㎞に加速され、人類が未だ見たことのない加速度の世界に到達しようとしたのだが……。


 案の定負荷に耐え切れずソールが爆発し、あたしはきれいな放物線を描いてべしゃりと地面に落下した。


 地脈抽出素子が展開する防護フィールドが衝撃を吸収してくれたので、少し膝を擦りむいたくらいで済んだけど……あたしはゆっくりと体を起こし、制服のスカートに着いた砂を払う。


 ソールが吹き飛んだローファーを脱ぎ捨て、見事に割れたソールからキラキラと光る地脈抽出素子を取り出す。


 あれだけの爆発と衝撃にも、傷一つついていない。

 流石は父さんと母さんが直々に作ってくれたあたし専用のカスタム素子である!


 脚への負担を考慮して、ふわふわとした柔らかいアスファルトが敷かれたグラウンドの上を素足でペタペタと歩きながら、とんでもない発明品を履かせてくれた親友をどう締め上げるかをゆっくりと熟慮する。


 と、当の恵が一人の女性を引き連れて部室からグラウンドに出てくるのが見えた。


「ふっ……敷島、災難だったな」


 女性の身長は、高校生としても背が低めの恵よりさらに低い。

 緩くパーマの掛かったふわふわの黒髪、茶色の大きな瞳……見た目だけなら中学生……ヘタをしたら小学生に間違えられそうな可愛らしい容姿だが、びしりとパンツスーツを着込み、アンダーリムの眼鏡をかけた全身からは妙な威圧感というか、近寄りがたい雰囲気すら漂っている。


「空せんせー、なんで昨日は部活に顔を出さなかったんですか?」


 そう、この容姿と服装がアンバランスな女性は、我が摩耶山上高校飛脚部の顧問である屋久島 空やくしま そら先生だ。


「ふん、大人には色々あるのだよ……」


 少し眠そうな双眸を、煩わしげに曲げると、手に持った缶飲料をぐびりと飲む空先生。

 ……ちらりと”ガツンと9% パワフルナイン”の文字が印刷されているのが見えてしまったが、中身はお茶であると信じたい。


 空先生は10年程前、父さん母さんが”地脈抽出素子”を使用した”飛脚シューズ”を開発したときに高校生ながら父さんの研究室を手伝っていて、第一世代の”メッセンジャー”としても活躍した優秀な技術者だ。


 そのまま大阪の国立大学へ進み、同じく第一世代の”トランスポーター”をしていた同級生と学生結婚。

 その後なんやかんやあって小さな公立高校の弱小部活顧問に納まっている……と、謎の経歴を持つ。

 ちなみに27歳でバツイチ。


 この辺りの事を掘り下げるほどあたしは命知らずではない。


「今日はお前達に耳寄りな話を持ってきてやったが……」


 あくまでめんどくさそうに手に持ったファイルを開く空先生。

 摩耶山上高校では物理/化学の臨時講師を務め、たまに母校の国立大学に出かけるほかは、冷暖房完備の我が飛脚部の部室でお茶 (意味深)を飲んでグダグダしているのが先生の日常だ。


 凄脚のメッセンジャーであったからか、先生のトレーニングメニューは的確で……その点は信頼しているのだけれど。


「で、敷島……今朝聞いた件は本気なんだな?」


 先生が開いたファイルには、あたしとめぐみん、海くんの活動成績が記されているはず。

 その内容を確認していた空先生の眼鏡の奥の瞳がきらりと光る。


「はいっ! もちろんですっ!」


 なんのことか、直ぐにピンときたあたしは、背筋を伸ばし、勢い込んで返事をする。


「あたし、”ブルーリボン・JAPAN”を取って、日本一のメッセンジャーになりますっ!」


 あたしとめぐみんが加入し、部員が3倍 (前年比)になった摩耶山上高校飛脚部。

 父さんの教え子である空先生があたしたちと同時に赴任し……”デビュー戦”として走った4月の成績に自信を深めたあたしは……父さんと約束した”日本で一番速くなる”ために、本気で”ブルーリボン・JAPAN”を目指すことに決めたのだ。


「…………ふむ」


 空先生は、ファイルの中身を凝視して考えこんでいる。

 現状G3にも上がれていない弱小部なのに、何を言うのかと思われるかもしれないが、あたしは本気の本気である。


 先生は、こんなあたしの無謀な挑戦を笑ったりはしなかった。


 ***  ***


(……高校デビュー1か月でこの成績……さすがは大地さん、菫さんの娘という事か)

(そういえば”アイツ”も、面白い奴をがいたと言っていたな……)

(だが、今は自分が生まれ持った才能だけで走っている。遠からず壁にぶつかるだろう……その時に”顧問”としてアドバイスするように……か、やれやれ。 菫さんも人使いが荒い……ウチは早く引退してゆるゆる公務員ライフを楽しみたいんだが)


「…………」


 ”ブルーリボン・JAPAN”を獲るためには、最低限G1に上がり、評価の高い顧客から沢山の依頼を受ける必要がある……また、それ以外にもいろいろな審査があり……顧問としての仕事も増えるだろう。

 ……考えるだけで面倒くさい。

 思わず顔をしかめた空は、ちらりと遥に視線をやるのだが……。


「むっ……」


 彼女の瞳の奥に燃える炎……遥の父親であり空にとっても憧れの師匠……”実験中の事故”で行方不明になってしまった敷島 大地しきしま だいちと同じ輝きを見てしまった空は、思わず息を飲む。


 ……しかたない。

 遥の母親、菫さんの差し金で”ココ”に赴任させられた時から、運命は決まっていたのかもしれないな。


「…………わかった。 それでは、ウチらが最初にすることは……」


 空はぱたんとファイルを閉じると、遥たちに向き直る。

 あくまで気だるげな雰囲気は漂わせつつも、その口元はわずかに笑っていたのだった。

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