第1-6話 現代の飛脚(後編)
「昨日の試作品βはなぜか気に入っていただけなかったようですので、不肖恵アンダーソン、夜を徹して改良型を作成しました」
「白熱した改修作業により……僅か8時間しか睡眠がとれておりません」
「さあ、このソールを着けて走るのですハルカ!!」
怪しげに発光するローファーのソールを手に、鼻息も荒くにじり寄ってくる恵。
時刻は午後……放課後になった途端、あたしは飛脚部の部室でピンチを迎えていた。
昨日は「スキルを使ったから、少し足首に違和感が……」という言い訳で逃げたが、回復力の高いあたしは既に絶好調……同じ言い訳で逃げることは出来そうにない。
「あはは……少し靴擦れが出来ちゃって……ゴメンねめぐ」
「貴女の鋼鉄のような脚の皮が靴擦れなど起こすわけはないでしょう……いい加減観念しなさいっ!」
ぽいっ!
「きゃ~っ、ヤラれるっ!?」
「……人聞きの悪いことを言わないでください」
部室の壁際まで追い詰められたあたしは、見た目に似合わず力の強い恵に肩を押さえられ、椅子に腰かけさせられる。
恵は慣れた手つきであたしの両脚からローファーを抜き取ると、ソールを外し、彼女謹製の新しいソールに付け替える。
「……通称”飛脚シューズ”、一見ゴムやレザーで出来た普通の靴に見えますが、チタンやセラミックスを一定の割合で配合した特殊な複合素材で出来ており、一般的な合皮の数百倍の耐久性と軽さを併せ持つ夢の素材……」
「そこに敷島博士が発明した”地脈抽出素子”を取り付けることで、大地にあまねく流れる”地脈”をとらえ、その力を余さず利用することが出来るようになるのです……本当に素晴らしい」
取り外したソールのかかと部分にあるスロットから、長さ5センチほどのチップ……キラキラと七色に光る水晶のようなものが封入されたスティック状の部品を取り出すと、うっとりと窓から漏れる日差しに掲げる恵。
……こうなると長いので放っておく。
そう、このチップこそがあたしたちメッセンジャーやトランスポーターの秘密。
あたしの両親が10年程前に発明、化石燃料の消失に直面した人類を救った”地脈抽出素子”だ。
詳しい原理は分からないけど、地面に流れる”地脈”を吸い上げて具現化し、時速100㎞で走ったり、数トンの荷物を積んだ荷車を曳くほどのパワーを引き出してくれる。
「地脈の力を使い切るには、素子と共にソールの性能が重要……市販のソールにはリミッターとかいう余計なクソ機能が付いていますが、私が作った新型ソールには、そのような無粋な機能はありません……!」
「いまこそ、人類がさらなる高みに上るとき……!」
段々と恵の声が上ずっていき、新しいソールのスロットに地脈抽出素子を差し込んだ瞬間、それは最高潮に達する。
カッ!!
スロットに差し込まれた地脈抽出素子が、ソールに仕込まれた地脈増幅回路に反応し、激しい光を放つ。
アレはヤバイ……先ほど恵が話した通り、市販のソールにはリミッターが付いており、地脈を取り出し過ぎないようにしてある。
あたしたちの運ぶ荷物はせいぜい数十㎏……自分の体重5 (ピー)㎏を加えても、時速100㎞に加速するためにそこまで地脈の力は必要としない。
そのリミッターを恵はぶっ飛ばしたというのだ……”地脈抽出素子”には、着用者を保護する防護フィールドみたいなものを展開する機能が必ず搭載されているので、
あたしはいまだ恍惚の表情を浮かべ、彼女謹製ソールのすばらしさを語っている恵からじりじりと離れ、部室入り口のドアまで移動する。
今日はこのまま帰宅してしまえば……明日には別の発明品に夢中になっているはずである。
そう考えたあたしは、後ろ手をドアの取っ手に掛けるが……。
「……どこに行くのです、ハルカ」
「ひいっ!?」
音も無くあたしの背後に移動した恵にガシッと右手を掴まれてしまう。
「ななななっ!? めぐみん、いつの間にっ!?」
ひんやりとした彼女の手の感触に、思わず鳥肌が立ってしまう。
あたしは油断せず、ずっと恵の動きを観察していたはず……背後にあるドアの様子を確認した一瞬のスキをついて回り込むなんて……!
「いやいや、おかしいでしょ! 今ぜったい瞬間移動したよねっ!?」
「……些細な事を気にしているとカレシが出来ませんよ?」
「さあハルカ、わたしの”研究中”ソールを着けたローファーを履き、走るのです! 人類の革新はすぐそこに……!」
「待って待ってめぐみん! きゃ~っ!? むぎゅっ!」
両手を恵に押さえられたまま、あえなく床に押し倒されたあたしは、なすすべもなく両足に怪しげに光るローファーを履かされる。
ぴか~っ!!
「!!!!」
その瞬間、素足に触れたローファーの中敷きを通じて膨大な地脈の波があたしの両脚に伝わる。
これは……通常の3倍近くの波動を感じるっ!
もしかして、人類の夢……時速200㎞の向こう側へ……!
とてつもない可能性を感じたあたしは、驚きに目を見開き、そのままグラウンドに駆け出すと……。
ちゅど~ん!
「もげっ!?」
激しい負荷に耐え切れず、爆発したローファーのソールに吹き飛ばされ、きれいな放物線を描く。
「……おかしいですね? 何が悪かったのでしょう?」
「全くお前たちは……くくっ、いつものごとく騒がしいな」
その時、しきりに首をひねる恵の背後で、ドアが静かに開き……一人の女性が入室してきた。
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