黒木 武
第25話 悟ると化け雛
フワフワとそれはあてもなく漂っていた。
目的も無く、意思もなく、そして行く宛ても無い……とても不思議な怪異。
人の街をそれは放浪し、ユラユラと宙を舞う。
そのとても小さな怪異の前を、奇妙な二人組が横切る。
一人は
一人は青年。片目は閉じられ妙な気配をまとっている。
その変な組み合わせに惹かれたのか、小さな怪異はユラユラとフワフワと片方の青年目指して漂い進む。
どこか疲れた様子の彼の肩にソレはとまり……同化し溶けるように消えてしまった。
その一部始終を片割れの山猫の少女は黙って興味深そうに見つめている。
「なんかついた」
「え? 虫でもついたか? どこ?」
仙狸はジッと肩の辺りに視線を送っている。
適当にその辺りを払いながら何もない事を確認して歩みを進めた。
九月某日。
明日はついに縁から頼まれた送迎の日。星座鑑賞会及びキャンプ当日である。
仕事帰りの悟と仙狸は、その準備のため会社から比較的近くにあるショッピングモールを訪れようとしていた。
(本当に大変だった。二度とごめんだ……あんな間抜けな珍事)
遠い目をしながらも今日までの激動の日々を思い出す。
それは九月に入ってすぐ、年期の入ったいわくつきの雛人形の収容依頼での事だ。
供養のため、一時引き取りと搬送までを行うというありふれた依頼のはずだった。
だが先方から『すぐに来てくれ!』と連絡を受けて状況は一変。
いわくつきの雛人形は妖怪、化け雛へと変貌をとげてしまった。
長い年月を経た雛人形は精霊を宿し怪異化する。
依頼のあった家に辿り着いた時には、それぞれの人形が意思を持ち依頼人の家を闊歩する地獄絵図が繰り広げられていた。
『つかまえたっ』
『おいっ仙狸っ! 後ろ後ろ! 五人囃子が逃げるっ!』
『! 悟の後ろにもいる!』
『こっちは大丈っ!? まずい! 家の外に出たぞ! 三人官女が一体足りない』
『あっちにも!』
『いやいや。いやさぁ、どうすんだよ……これ』
家の外に脱走してしまった人形は計五体。いずれも家の中で暴れ回る雛人形を確保しているうちに行方不明になってしまった。
それらを捕まえるために
昨日の夜中に最後の一体をようやく確保して、さきほど報告を会社で行ってきたわけだ。
(響さんには手を叩かれて爆笑されるし散々な出来事だった。まぁ、全部片付いたお陰で約束していた三連休は勝ち取れたし結果オーライか)
「お前は元気そうだな……」
隣を歩く仙狸に目を向ける。
最近は付き合いが少しだけ長くなった事もあり、微妙な表情の変化も分かるようになってきた。今日は朝からご機嫌な様子だ。
「肉、たべほうだい!」
「はいはい」
少し前の事だが、キャンプやバーベキューの説明をするために動画を見せた事がある。それ以来、万事この調子だ。
慣れてきたとはいえ、何をしでかすか分からないため、あまり人の多い所に今まで連れて来ていなかった。今回は材料も含め、荷物が多くなるから会社帰りに同行してもらっている。それもあって普段よりテンションが高いのだろう。
基本的に新しいもの好きなのだ。
「あれ食べたい」
「スペアリブか。いいぞ」
興味を持った物を選らばせる。
仙狸の好物のジビエは通販で買った冷凍物があるため、ここでは通常の肉をチョイスする。
もちろん人間用にウィンナーや魚介類、野菜なども忘れない。
(海では飲み損ねた、が……今回はキャンプ。好きな肉を頬張り、エビや貝をツマミながらながらビールで喉を潤して星をみるんだ。最高だろう? ああ。夢が広がっていく)
それを実現するために、コテージ泊は断り自前のテントを持っていくのだ。他の保護者の方と一緒では好き勝手できまい。早い段階でそれを見越して事前に縁にも話しを通してある。抜かりはない。
今回の俺は送迎だけ行えばよい。後は自由を勝ち取ってある。
テントは元から山の依頼でよく使っていたし、うるさい結などは当初の予定通りコテージに押しつけてやればいいだろう。
(問題は、普段使わない焚き火台グリルや椅子などのバーベキューグッズだが目処もついてる)
完璧である。
夢のようなキャンプ計画に思わずニヤける。
(シメにスキレットで余った海鮮使ってパエリアとか作っちゃうか? それとも焼き鳥でも
アルコール飲料をカゴに入れながらも妄想が捗る。普段はジト目で見てきそうな仙狸も、上機嫌で自分の世界に入り込んでいるため、他の買い物客からしてみれば少しだけこの二人は浮いていた。
終始上機嫌のまま買い物を終えた二人は、化け雛騒動の解決が昨夜遅かった事もあり会社を早く出ていたため、寄り道してもいつもより早く帰宅する事が出来た。
食材はそのまま冷蔵庫に放り込み、テントなどの明日持って行く物を用意している時である。インターホンの音が鳴った。
ここに来る人間は限られているため仙狸が対応に向かう。
そのまま作業を継続していると何やら不思議な顔をした仙狸が戻ってきた。
「悟。会社の大きい人が来た」
「? ああ。そうだった。悪い、今いく」
一瞬誰の事か分からなかったがすぐに思い出す。
バーベキューグッズの目処の件だ。
「黒木。悪いな」
「おう。ほら持ってきてやったぞ。丁寧に使えよ?」
笹木 譲の件が起こるまでは世間話する程度の仲だったが、以降は友人と言ってもいいくらいの付き合いをするようになった同僚である。
基本的にベタベタした人付き合いを好まない彼は、ソロキャンプなど一人の趣味を
「今度なにか奢るよ」
「気を遣うな。倉木には返しきれない借りがある。キャンプは何処でやるんだ?」
目的地の名前を告げる。
黒木は少し驚いたように目を丸くした。
「受けた依頼の場所と近いな。偶然か……そこはオレも行った事がある。いいところだ。せっかくの休みだし楽しんでこいよ」
「すまん。恩にきる」
「んじゃあな」
そう言いながら黒木は直ぐに引き上げて行った。
依頼と言っていたのでもしかしたらこの後出張なのかもしれない。頭が下がる。
(よしっ。不足どころか十分すぎる装備だな)
黒木から借りた物を確認し、自前のテントなどと並べ荷物を一カ所にまとめる。
後は明日を待つばかりだ。
「仙狸。今日は早く休んでおけ。明日は荷物と食材を車に運ぶのを手伝ってもらうから、いつもより早起きしてもらうぞ」
「明日たのしみ。眠くない」
(気持ちは分かる。子供みたいだから口には出さないが)
「ほら、まずは今日の夕飯だ。メシでも食べて腹膨れれば眠くなるだろ? コレ運ぶの手伝ってくれ」
「うん」
こうして激務の末、二人は明日からの三連休を掴み取る事が出来た。
この休みが妄想で描いた通りの夢のような休日になるのか、現時点でそれを知る者はどこにもいない。
テレビから流れてくる予報は連休中の快晴を告げており、この休みの行く末をどこか暗示しているようであった。
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