最終話 さようなら朝霧ヨーコさん……そして
現実世界の朝霧ヨーコさんは、今日も書類と格闘中です。
あ~、そうですね、
格闘相手がもう1人、
「ねぇ、朝っち。お昼一緒に行かない?」
って、バイトくんってば随分なれなれしくありません? 私「朝っちって呼んでいいよ」なんて許可した覚えないんですけど……まぁ、好きに呼んでくれても別にいいですけどね。ムーディしますので……えぇ、右から左……っと、ちょっと古かったかな?
まぁ、私はいつものお弁当なんで、
「あ、間に合ってるから。他の女の子を誘って上げてね」
そう言ってニッコリ笑います。
すると、いつの間にか貴水くんが近寄ってきてまして、
「バイトくん、朝霧先輩も困ってるじゃないか。君、こないだから朝霧先輩につきまといすぎじゃないか?」
と、フォローしてくれまして……いやはやこれで助かった……と、思ってたらですね、
バイトくん、なんか貴水くんにズイッと向かっていって
「なんスか? 貴水さん、朝っちの彼氏かなんかなんですか?」
「同僚だ。それで十分だろ?」
「なら、邪魔してほしくないですねぇ」
と、まぁ、なんか急速に険悪な状況に陥っていっちゃってる気が……あわわ。
「まぁまぁ、とにかくどちらも落ちついて~」
なんか、結局私は自分でフォローしなきゃいけない事態に陥ったわけで……とほほ
◇◇
まぁ、お昼の一件は、昼休憩終了の合図のおかげで助かりましたけど……あ~、これは帰りになんかありそうだなぁ……
人数は少ないけど20代の女の子は他に複数いるわけだし
四捨五入したらギリ30代のお姉さんはそっとしておいてほしいんですけどねぇ……
こういうときに、ホントクロガンスお爺さんみたいに頼りになる方がいて欲しいですよ。
そんな、ちょっととほほな気持ちで午後の仕事をこなしていきまして
そして終業時間。
……やっぱいます。バイトくん……
あ~、マジ勘弁してほしいです。
こういうの、免疫ない方なんですよねぇ……いや、マジで
……ん?
なんか、パトカーが来た気がしますね。
あら? 路駐してるバイト君の車になんか近寄って行ってて……あ、これはアウトな感じかも
どうやら警邏中のパトカーに、会社前の駐禁場所に車止めていたのを見とがめられたようですね。
私は、バイトくんがパトカーの中に連行されていくのを確認してから、そそくさと帰宅の途につきましたとさ……
少し可愛そうな気がしないでもないんだけど……いえ、ホントもうマジ勘弁してくださいなわけですよ……
◇◇
終始早足で家に到着した私は、5階まで一気に駆け上がると家の中へと駆け込みました。
「はぁ……なんか疲れたぁ」
なんていえばいいのかな……仕事以外のことで気を遣いたくないんですよねぇ……いや、ホント。
あ、もちろん向こうの世界のことは別ですけどね。
そんな私は、玄関の扉を後ろ手に閉めて、玄関備え付けの郵便受けを開きました。
コトン
あれ?
何だろう、この封筒……なんか草の匂いがするような……すごく手作り感満載の……
って、これ『魔女魔法出版』の封筒じゃん!?
あ、まさか、お返事なの?
本に挟んだお手紙のお返事が来たの!?
私は、封筒を手に取ると、一目散に家の中へと入っていきました。
ドキドキしながら、私は封筒を改めて確認しました。
表書きは『朝霧ヨーコ様』
うん、間違っていません。
差出人は『魔女魔法出版』
うん、こっちも間違っていません。
私は、机の上のはさみを手に取ると、封筒をじょきっと開けました。
おそるおそる中のお手紙を取り出していきます。
紙は2枚
私が、三つ折りにされているその紙を開くと、そこには
「『夢見る家の復興録』連載終了に関するお知らせ」
そう書かれていました。
私は、その文字を見つめながら、頭が真っ白になるのを感じていました。
◇◇
魔女魔法出版の手紙が届いてから10日経ちました。
私は、今もあの世界へ通っています。
そうそう、
試作した天然酵母ですが、いくつかの果物でどうにか成功しました。
その天然酵母を使用してのパン作りも無事成功し、
『向こうの世界で入手した品物だけでふっくらパンを作り上げる』
という目的を達成することが出来ました。
ラテスさんのお店で、
天然酵母作りから頑張ってもらったところ、この10日間の間に、無事成功しました。
「ヨーコさん、ありがと~。これでお店で美味しいパンを売ることが出来るよ~」
ラテスさんはそう言って私に抱きついてくださいました。
私は、そんなラテスさんに、
食パンの型をすべて差し上げました。
「ホントにいいの? ヨーコさん?」
びっくりしたような表情のラテスさん。
私は、そんなラテスさんに、ニッコリ微笑み返すと
「えぇ、あなたにぜひもらっていただきたいの」
そう言いながら、抱きついていきました。
そんな10日目のパンを売りに行く日が終わり、家に帰った白狐の私。
家の中は、がら~んとしています。
「ヨーコさん、寂しくなるな」
クロガンスお爺さんは、そう言いながら寂しそうに私を後ろから見つめています。
この日、
いつもなら森の分かれ道で、別れるはずのクロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんは、家まで一緒にきてくれました。
クロガンスお爺さんの後ろで、テマリコッタちゃんは、もう泣いています。
帰りの屋台の上でも、ずっとずっと泣いていました……笑顔のまま。
私は、
クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんにだけ告げました。
諸事情で、この家からいなくなるということを。
家の中の品物は、すべて魔法袋にいれてあります。
私は、その魔法袋をテマリコッタに手渡しました。
「テマリコッタちゃん、よかったらこれ……もらってくれるかしら?」
私が笑顔でそう言うと、テマリコッタちゃんは、首を左右に振りました。
「そんな物はいらないわ……だから、ヨーコにいて欲しいの」
そう言って、私に抱きつくテマリコッタちゃん。
私は、そんなテマリコッタちゃんをしっかりと抱きしめました。
「ヨーコさんや……事情はわからんでもないが……どうしても行ってしまうのか?」
寂しそうに、そう言ってくださるクロガンスお爺さんに、私は頷くことしか出来ませんでした。
そのまま1時間
ずっと、テマリコッタちゃんの頭をなで続けていた私。
そんな私から、やっと体を離したテマリコッタちゃんは、私の手から魔法袋を受け取ってくれました。
「ヨーコさん、私、預かるわ……いつまでも預かっておくわ……だから……」
テマリコッタちゃんは、そう言いながらもう一度私に抱きつきました。
村のみんなへのお手紙は、別にクロガンスお爺さんに手渡しています。
この家も、クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんに、好きに使ってくださるようお伝えしています。
私は、ゆっくり立ち上がると
「クロガンスお爺さん、テマリコッタちゃん……短い間だったけど、本当に楽しかったわ……ありがとう」
そう言いながら、深々と頭を下げました。
◇◇
そして、目を開いた私の前には、いつもの家の天井が広がっています。
現実世界の天井です。
こちらの世界の私は
寝ながら号泣していたようです……目が、すごいことになっています。
私は、むくりと起き上がると、机の上に置いていた魔女魔法出版からの手紙を手にとりました。
10日前に届いたこの手紙……それを開くと……
「『夢見る家の復興録』連載終了に関するお知らせ
朝霧ヨーコ様
この度は、弊社の企画にご参加くださり真にありがとうございました。
この度の企画はあと10日で終了となります。
今までありがとうございました」
私は、枕に手を伸ばしました。
その中に入れてある、あの本を取り出します。
開いてみると、
あの日……家についたあの日は、真っ白だったこの本の中は、いっぱいの絵で埋め尽くされていました。
最後のページ
そこには、
テマリコッタちゃんと抱き合う私
それを見守るクロガンスお爺さん
みんなが笑顔で描かれています。
「……うっそだぁ」
私は思わず呟きました。
あのとき、私は絶対泣くまい、と……2人に心配をかけまいとして必死に涙をこらえていました。
テマリコッタちゃんはずっと泣いていましたし
クロガンスお爺さんだって……
涙が
涙があふれ出して止まりません
◇◇
そのまま、いつまでそのページを見つめていたでしょうか……
私は、改めて、魔女魔法出版からの手紙を見つめていました。
あの続き
「参加の記念といたしまして、お届けしている本は差し上げます。
なお、10日を過ぎるとこの本を枕の下に敷いて寝ても効果はありません」
……何度見ても、その文字がしっかり刻まれています。
私が、涙ではれぼったくなったままの目で、その手紙を見つめ続けていると
はらり、とその後方から1枚の紙が落ちていきました。
あ、そうか
そう言えば、この手紙ってもう1枚紙があったんだっけ。
……でも、この紙って、何も書かれていなかったんだよね……
そう思いながら、その紙を拾い上げた私。
「あれ?」
その紙の中には、文字が浮き上がっていました。
10日前、
届いた直後には白紙だったこの紙に、です。
その紙にはこう書かれていました。
『朝霧ヨーコ様へ
今回の企画におきまして、あなたの『夢見る家の復興録』は、なかなか好評を博しております。
そこで、弊社といたしましては、あなたに次の企画にも引き続き参加していただきたく考えております。
参加のご意志がございましたら以下の質問にお答えの上……
◇◇
あの日から
魔女魔法出版のアンケートに回答したその次の日から、私の5時ダッシュは徹底した物となりました。
残業も「明日朝一で必ずしますから」と断り
バイトくんにも「いい加減にしなさいよ」と、珍しく声を荒げ
勤務時間はきっちり仕事をこなしつつ
そして5時になるとすぐに会社を後にします。
このために私は自転車を買いました。
クロガンス号と名付けました。
そのクロガンス号に乗って、今日も私は家にダッシュします。
買い物なんかは、すべて家に帰った後です。
家に帰って、郵便受けを確認してからもう一度出かけることにしています。
そう
またあの、魔女魔法出版からの小包が
またあの、異世界への本が
あの郵便受けから頭をのぞかせている
その光景を夢見ながら……
ーおしまい
夜ノ朝霧ヨーコさん 鬼ノ城ミヤ @kinojomiya
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