第37話 幽霊? と、朝霧ヨーコさん その2

 わなわなガタガタ


 ……こ、この世界にも幽霊なんているのかしら


 なんてことを考えながら、私はフライパンを両手で握りしめて玄関へ。


 玄関に埋め込まれている小さな磨りガラスの向こうには……うん、何かいます。


 ……なんだろう……人の頭のようにも見えるんだけど、なんかすごく上下してるような気が……


 ズル……ズルル……


 あぁ……あの音もしています

 あの何かを引きずる音……


 私はフライパンを構えたまま玄関前まで移動していきました。


 すると


 コンコンコン


 3度目の音ノック音

 

「ど、どなたかしら?」

 私は勇気を振り絞って声をかけました。


 おもいっきり裏返りましたとも。


 すると、磨りガラスの向こうの影が、ぴくっと反応したかと思うと

「あ、ヨーコさん? 起きてた? よかったぁ」


 あ……あれ? なんかすごく友好的な幽霊さん……じゃ、なくて

「ひ、ひょっとしてラテスさん?」


 その声の主に思い当たった私がその名前を口にすると


「そうです、ラテスです、ごめんねぇ、こんなに早くに遊びに来ちゃってぇ」

 玄関の向こうからすごく申し訳なさそうな声が聞こえてきました。


 あぁ、もう……


 私は、力なく笑いながら、その場にへたり込んでいきました。


◇◇


 私が玄関の扉を開けると、そこにはラテスさんがいました。

 背に大きなリュックを背負っています。

 いつもオトの街のお店で来ているお洒落な服ではなく、少し作業服ぽいラフな感じの洋服を着ています。


「いやぁ、ごめんねぇ。ヨーコさんにさ、パンの作り方を教えてもらいたくてうずうずしてたんだけどね、今日さ、一緒にパン作ってる夢見て目が覚めてさ、もうこれは行くしかない! って思い立っちゃったのよ」

 苦笑しながら蛇姿の下半身の汚れを持参している大きなタオルで拭いていくラテスさん。


 よく考えたら、

 ラミアのラテスさんがこの暗い中、何時間もかけてあの山道を移動してこられたのです。


「山道の移動、大変だったんじゃないですか?」

 私はお茶の用意をしたトレーをリビングに持って移動しながらラテスさんに声をかけました。

 

 するとラテスさんは苦笑しながら

「なんかさぁ、出かけるときはもう一心不乱っていうかさ、ヨーコさんにパンの焼き方を教えてもらう事しか考えてなかったもんだからさ……実はそんなに大変でもなかったのよ」

 そう言っておられますけど……きっと後でお疲れが出ちゃうんじゃないかしら?


「大丈夫ですよ、私はここにいますから」

 そう言いながらニッコリ笑う私ですが、よく考えたら夜の早い時間はいませんものね……


 そっか、そういえばこの世界ではお泊まり会とかは出来ないのかしら

 そんな事を考える私ですが


 現実世界でも、そんなのって高校時代にまで遡らないと経験なかった気がしますわ。

 短大時代はそんなに親しい友人も出来ませんでしたしね。


 そんな事を考えながら、少し動作をお休みしていると

 ラテスさんが、なんだかすごく申し訳なさそうな表情をしながら私の顔をのぞき込んできました。

「あ……あのさ、ひょっとして今日何か予定とか用事があったのかな? ……私、そういえば自分の気持ちだけで突っ走っちゃって、ヨーコさんの方の都合のこととか全然考えずに来ちゃってたよね」

 

 あら、ごめんなさい。

 私、自分のことを考えていただけですのに、なんだかラテスさんに余計な心配をおかけしちゃったようですわ。


 私は、ラテスさんに向かってニッコリ微笑みました。

「そうですね、用事は今できたと言いますか……今日はラテスさんとパンを焼くことにしましたので」


 私の言葉を聞いたラテスさん

 ぱぁっと顔を笑顔にすると

「ヨーコさん大好き! ありがとぉ」

 そう言いながら、私に抱きついてくださいました。


 それで、その……ラミア族の方はあれなのかしら、

 嬉しいと、蛇の下半身で相手を締め上げちゃうのかしら……


 ごめんなさい、ラテスさん……ち、ちょっときついですわ


「あ、あぁ!? ごめん! ヨーコさん!」

 どうにか私の意識があるウチに我に返ってくれたラテスさん。


 私はどうにかラテスさんの蛇胴体による巻き付き締め上げから開放していただけました。


 歓喜の気持ちはすごく伝わって来ましたけど、

 次回からはもう少しだけ手加減してくださるとうれしいですわ。



◇◇


 しばらく、紅茶を飲みながら談笑した私とラテスさん。

「あのね、朝ご飯一緒に食べようと思って持って来たんだけど……どうかな?」

 そう言いながらラテスさんは、背中に背負ってきたリュックサックの中から木製の入れ物を取りだし、机の上に並べていきました。


 ラテスさんが蓋を開けていくと


 野菜の炒め物

 ハンバーグ

 サラダ

 串焼き


 そんなおかずがいっぱいです。


「それで……主食がこれで申し訳ないんだけどさ」

 そう言いながらラテスさんがあけた最後の木製の入れ物にはラテスさん製のパンが入っていました。


 私はにっこり微笑みます。


「ラテスさん、ありがとう。ラテスさんの料理、私どれも大好きですわ」

 そう言いながら、まずはパンから頬張っていきます。

 そんな私の様子に、ラテスさんも笑顔を返してくれました。


 いつもの、クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんとの食事とはまた違った、少し落ちついた感じの、とでもいいましょうか……そんな楽しい会話を交わしながらの朝食時間になりました。


 これも、いわゆる女子会っていうのになるのかしら?

 そもそも、その女子会の定義がいまひとつよくわからないんですけどね。


◇◇


「しかしさ、この紅茶も何気においしいよね。私の店でもこんな紅茶を出せたらなぁ」

 ラテスさんはそう言いながら紅茶をジッと眺めています。


 う~ん

 これにはどうお応えしたらいいのでしょう……


 なにしろ紅茶はティーパックですからね……現実世界の24時間スーパー・ヘローズで買ってきた……


 内心で私が困っている中

「でもあれね、今日はパンよ、パン。なんとしてもヨーコさん特製の柔らかいパンの焼き方をマスターして帰らないとね」

 ラテスさんはそう言いながら、私にニッコリ微笑みました。


 私も、その笑顔に、笑顔を返していきます。



 柔らかいパンを作成するにあたり……あれですね、ひとつ問題点があります。

 パンをふっくらさせるための天然酵母……私はドライイーストを使用しています。


 そうね……これも天然酵母で作成していかないと……

 以前テレビでもやってたし……うん、今度自作してみよう。


 と、いうわけで、今日は私が現実世界の24時間スーパー・ヘローズから入手してきたドライイーストを使用してのパン作成開始です。


 

「じゃあヨーコ先生、よろしくお願いします」

 ラテスさんは、頭に私とおそろいのターバンを巻いてニッコリ微笑みました。


 もう、先生じゃありませんってば


 さ、私は取り出した材料を前にして

「では、これから……


 そう言った時でした。


「ヨーコさ~ん、おはよ~」

 あら?


 玄関の向こうから元気なテマリコッタちゃんの声が聞こえてきました。


 改めて窓の外を見てみると

 いつのまにか夜が明けているではありませんか。


 きっとあれです

 紅茶を飲みながらの女子会トークが思った以上に楽しかったんですわ。


 話の大半が、ガークスさんとネプラナさんのことだったのは内緒にしてくださいね。


 

 私がドアを開けると、テマリコッタちゃんが笑顔で私の胸の中に飛び込んで来ました。

「おはようヨーコさん。遊びに来たわ」

 そう言いながらテマリコッタちゃんは私にギュッと抱きついてきます。

「ありがとうテマリコッタ、とてもうれしいわ」

 私も、テマリコッタちゃんを優しく抱きかえします。


 そんな私達の後方から、ラテスさんがニッコリ笑いながら顔を出しました。

「テマリコッタちゃん、今日は私も一緒だけどいいかしら?」

 そんなラテスさんを見上げたテマリコッタちゃんは、ラテスさんにもニッコリ笑っていきます。

「もちろんよラテスさん。今日はよろしくね」

 そう言いながら、今度はラテスさんへと抱きついていきました。


「ほう、今日はラテスもおるのか」

 道の向こうから、クロガンスお爺さんがのんびり歩いてやってきます。



 ふふ

 今日はいつもより少し賑やかになりそうですね。

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