第35話 2度目のパン販売をした朝霧ヨーコさん

 クロガンスお爺さんが窯を開けました。


「……どうかなぁ」

 テマリコッタちゃんは、心配そうにのぞき込んでいきます。

 その後ろから、私も中をのぞき込んでいきます。


 そんなみんなの目の前。

 窯の中では食パン型からきつね色をした頭がひょっこりのぞいていました。


 思わず笑顔になる私とテマリコッタちゃん。


 うん、今日も大成功ですわ。


「さぁさぁ、早く出して次を焼こう。今日は多いんじゃろ?」

 クロガンスお爺さんは両手にミトンをはめています。


 そうですね


 今日は食パン以外にも準備しています。


「さぁ、テマリコッタちゃん、次を焼くわよ」

「わかったわヨーコさん」

 私の笑顔に、テマリコッタちゃんも笑顔をかえしてくれます。


 大きなミトンをはめたテマリコッタちゃんに

 私は取り出した食パンの型を渡していきます。


 それをテマリコッタちゃんが机の上に並べていきます。


 上下2段の窯の中から、どんどん焼き上がった食パンの型が取り出されていきます。


「ヨーコさん、上は空になったから次をいれるぞい」

 中の温度を確認していたクロガンスお爺さんは、そう言いながら次の食パンの型を窯の中に入れていきます。


「さ、下の段も急ぎましょう、テマリコッタちゃん」

「わかったわヨーコさん」

 私とテマリコッタちゃんも、急いで下の段を空にしていきます。


 さて

 ここが空になったら、こっちには鉄板を入れますよ。


「ヨーコさん、この丸まっているのはなんなの?」

 テマリコッタちゃんが、鉄板の上に並んでいるパン生地を見ながら不思議そうな顔をしています。

「これはね、クロワッサンって言うの。私も初めて焼くんだけど、うまく焼けるかしらね」


 私がそう言うと


「大丈夫、ヨーコさんなら絶対大丈夫よ」

 そう言って、ニッコリ笑ってくれるテマリコッタちゃん。


 ふふ、その期待に応えられるといいな……パン生地さん、よろしくね。


 私は鉄板の上のみんなに笑顔でそうお祈りしていきました。



 パタン



 さ、蓋もしたし

 あとは、焼き上がりを待つだけです。


 さてさて、その間に朝食用のパスタを仕上げていきましょう。

 麺はちょっと茹ですぎちゃったかな。

 横で、畑で取れたトマトをすりつぶしていき、それをフライパンで炒めていきます。

 

 そうね

 パスタも自家製で作れるようになったら、オトの街に持って行きたいわね。


 まだ現実世界の乾燥麺をそのまま使用してるわけだし、

 これを持って行って売るのは、私の決めた私のルール的に、ちょっとね……


 今日はトマトソースにナスとピーマンを切って加えて行きます。

 オリーブオイルで味を調えながら、さ、麺を加えて、ザッザッザ。


「う~ん、良い匂い」

 テーブルで、テマリコッタちゃんが、思わず声を上げました。


 ふふ

 

 テマリコッタちゃんは、このオリーブオイルの匂いが大好きなのよね。


 さて

 ざっとソースと麺を絡ませると、少し味見……うん、こんなものかな


 私は、クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんの前にお皿を並べると、

「さぁ、出来ました」

 フライパンから直接盛り付けていきます。


 テマリコッタに、オリーブオイルの匂いをいっぱいお届けです。

「うわぁ、とっても良い匂い」

 テマリコッタちゃんは、両手を組み合わせながら満面に笑顔を浮かべていきました。


 ふふ


 作戦大成功ね


 私は、オイルがはねないように気をつけながら、続いてクロガンスお爺さんのお皿の上に


「ほほ、確かにこれはいい匂いじゃ」

 クロガンスお爺さんも、とってもいい笑顔で匂いを嗅いでいます


 ふふ


 その笑顔が、私にとっての最高のご馳走、そんな気がします。

 私は、自分の皿にも盛り付け終わると、

「さ、次のパンが焼けるまで、いただきましょう」

 そう言いながらイスに腰掛けていきました。


「うむ、じゃあテマリコッタ、手を合わせなさい」

 クロガンスお爺さんの声に、テマリコッタちゃんは、元気に両手を合わせていきます。

「いただきます」と、クロガンスお爺さん

「「いただきます」」と、私トテマリコッタちゃん。

 挨拶を済ませると、私達は同時にフォークをスパゲッティへ


「うん、今日も美味しい」

 テマリコッタちゃんは、口をもぐもぐさせながら笑顔です。

 

 ふふ、よかったわ。


「うん、確かにうまいな。ヨーコさんはホントに料理は上手じゃな」

 クロガンスお爺さんも、笑顔でそう言ってくれます。


 ……えっと

 現実世界では、超適当な料理ばっかの私なんですよね、

 そんな過分なお言葉いただいちゃうと、なんか嬉しいような、恥ずかしいような……


 その時の私は

 おそらく、笑顔9割、苦笑1割……そんな感じだったかな?


◇◇


 朝食の片付けを終えますと、

 さ、次のパンが焼けました。


 うん、こっちもばっちりです。

 

 新作のクロワッサンもよく焼けています。


「ヨーコさん、これ、どんな味がするのかな……」

 ふふ

 テマリコッタが興味津々で見つめています。


 私は、鉄板から1つ、トングで取り上げると、

「さ、お一つどおぞ。熱いから気をつけてね」

 笑顔でテマリコッタへクロワッサンを1つ

「ヨーコさん、ありがとう!」

 すぐに、テマリコッタは満面の笑顔です。


 クロワッサンをふぅふぅしながら、テマリコッタちゃんは、それをパクリ

「うん、甘くて美味しいわ!」

 そう言うと、テマリコッタ、


 ふぅふぅ


 パクリ


 ふぅふぅ


 パクリ


 熱いから

 しっかり覚ましつつ、食べていきます。


 その姿が、たまらなく愛らしいテマリコッタちゃんですわ。



 私は、テマリコッタちゃんがクロワッサンを食べている間に

 このクロワッサンのみ、パン用のバスケットに移していきました。

 さすがに鉄板ごと持って行くと、出したときに困りそうですものね。


 ほどなくして


 焼き上がった食パンの型はそのまま魔法袋へ

 クロワッサンはバスケットに移して魔法袋へ


 パン切りカッターやまな板、切った食パンを入れるためのバスケットも忘れずに入れています。


「よし、準備出来たならオトの街へ向かうとしようか」

 クロガンスお爺さんはそう言うと、よっこらしょと席から立ち上がります。


 私は、テーブルの上の洗い物をとりあえず家の中の台所へ持って行くと、ボールの中に水をためて、その中に突っ込んでおきました。


 今日はパンを1回多く焼きましたので、その分時間が経過しています。

「洗い物は帰ってからね」


 そう言いながら、私は玄関に鍵をしめるとクロガンスお爺さんが引っ張ろうとしている屋台の後ろに腰を降ろしていきました。



 程なくして、屋台は軽やかな音を立てながら、オトの街へ向かって出発していきました。


◇◇


「もうすぐ森を抜けるぞい」

 クロガンスお爺さんがそう言いました。


 私とテマリコッタちゃんは、進行方向とは逆、後ろを向いて座っています。

 そのため進行方向が見えません。


 クロガンスお爺さんの声を聞いて、後ろを振り向く私とテマリコッタちゃん。


 その先

 屋台の進行方向には森の切れ間が、もうすぐそこに迫っていました。


 

「あら?」


 その先

 オトの街へ視線を向けた私は、思わず首をかしげました。


「ヨーコさんが来たわ」

 そんな私の耳に、そんな言葉が聞こえました。


 そして


「ヨーコさん、いらっしゃい」

「パンのお姉ちゃん、いらっしゃい」

「待ってたよ、ヨーコさん」


 オトの街

 その入り口に、多くの皆さんが並んでいます。


 みんな、私に向かって手を振って……いえ、いえいえ、クロガンスお爺さんやテマリコッタちゃんにもあるはずよね。



 人数にして20人くらいかしら

 ほとんどが女性の方……ママさんみたいね、あとはその子供達


 子供達は、待ちかねたのか、まだ門につく前の屋台に群がってきます。

「ねぇ、パンのお姉さん、今日もパンがあるのよね?」

 屋台からパンの匂いがしなためか、少し心配そうな女の子。


 ふふ、大丈夫よ


 私はニッコリ微笑むと


 私は、魔法袋の中からクロワッサンの入ったバスケットを1つ取り出しました。


 その途端

 周囲の子供達が満面の笑顔に変わっていきました。

「このパンはね、クロワッサンっていうのよ。とっても美味しいんだから」

 テマリコッタちゃんも、嬉しそうな笑顔です。


 そんな子供達に囲まれたまま、

 私達の屋台は広場へ向かってゆっくり進んで行きました。


「あぁ、ヨーコさん。待ってたよ」

 そこには、ネリメリアお婆さんが待っていてくれました。

 前回パンの屋台を設置した場所に立っています。

 どうやら、場所を確保していてくださったようです。

「ネリメリアお婆さん、ありがとうございます」

 私が笑顔でそう告げると、ネリメリアお婆さんはニッコリ笑いかえしてくれました。

「お礼はいいから、早くみんなにパンを売ってやってくんな」

 そう良いながら自分の後方へ視線を向けていきました。


 すると、そこには行列が出来ていました。


 大半の方は、先ほど私達を出迎えてくださった皆さんです。


 どうも、今日はくるのが遅くなったものですから、

 心配して一度列を離れて、出迎えに来てくださったようです。


 私は、そんな皆さんにパンを販売するために

 急いで準備にとりかかります


「ヨーコさん、車輪止めはワシがするから」

「シートは私が並べるわ」

 クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんは、手慣れた様子で準備をしていきます。

 

 と、なると、私も急がないといけません。


 食パンの型を次々魔法袋から取り出すと、

 それを型から外しては、食パンカッターで切り分けていきます。


 その匂いに

 広場の皆さんも、思わず歓声をあげてくださっています。


 ふふ、ありがとうございます。


 ほどなくして、

 切り終えたパンから販売を開始します。


 前回、斤単位での購入を希望された型も多かったので、1型で約3斤分ある細長い食パンを3つに分けただけの物も販売していきます。


「ヨーコさん、それ! 私それがほしい!」

 よく見ると、食道のラテスさんが、列の中盤あたりで声をあげています。


 お、お気持ちはわかりますけど……その、取り置きは……


 

 今日新作のクロワッサン

 このバスケットには子供達が殺到しました。


 私は、いくつかを試食として子供達に手渡すと

「仲良く分けて食べてね」

 そう言ってニッコリ笑いました。


 受け取った男の子

 なんだか少し照れちゃったのかしら?

 少しうつむいちゃったわね……ふふ。


 そんなクロワッサンを受け取った子供達

「うわ、甘い!」

「美味しい!」

 みんな、一口、口にしただけで歓声をあげていきました。

 そして、そのまますぐに保護者の元に走って行きます。


 その結果


 クロワッサンもあっという間に完売しました。



 ちなみに、ラテスさんにも、食パンを無事お売りできましたわ

「良かったぁ、買えて良かったよぉ」

 ラテスさん、すごく勘当しています。

「ヨーコさん、今度パンの作り方教えてね、絶対ね」

「わ、私でよければ」

 私の腕を握って、力一杯振り回すラテスさん


 私は思わず首がガクガクなっていったわけですわ。


 そんな中、

「そういえば、山向こうの街でこんなパンを売ってる店があるって聞いたな」


 え?


「確か……オンキニオモテナシとか言ったっけ」

 農作業から戻られたパパさんの1人がそんなことを言っていました。


 オモテナシ? 日本語?


 ……いえ、まさかね


 私は、顔を左右に振ると、残り少なくなったパンを皆さんに売っていきました。


◇◇


 そして、現実世界の私です。


 よく知ってる天井を見上げながら、私はニッコリ笑顔です。


 あの後

 ほどなく完売したパン


 買ってもらえなかった皆さんに謝罪して帰った私ですけど

 そんな私達を、前回以上の皆さんが見送ってくださいました。


「うん……うん……」

 私は、枕を抱きしめて、何度も顔を埋めていきました。

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