第33話 パンを売りに行く朝霧ヨーコさん その2

 家の前にみえている山の裾

 道が分岐している場所に私は立っています。


 右に行けばオトの街

 左に行けばクロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんのお家


 そして、後ろを振り返れば私のお家


 そんな三叉路の真ん中に私は立っています。


 私の顔は、クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんの家の方

 そちらへ向かって固定されています。


 明るくなり始めた木々の中


「……あら?」

 あら?

 森の向こうから可愛い声が聞こえました。


「やっぱり! ヨーコさんだ!」

 森の奥から私を見つけたテマリコッタちゃんが、満面の笑顔で駆けてきました。


 ふふ、今日も元気ね。


「ヨーコさん! おはよう!」

 テマリコッタちゃんは、私の腕の中に飛び込んで来ました。

「おはようテマリコッタちゃん。今日も元気ね」

 私はテマリコッタちゃんを抱き留めると、そのままその場でクルクルまわりました。


 3回転してその場に止まり、

 テマリコッタちゃんをゆっくり地面に降ろしました。


「どうしたのヨーコさん、こんなところまで出てきて?」

 私の顔をのぞき込みながら、テマリコッタちゃんが怪訝そうな表情を浮かべています。


 私はニッコリ笑顔を返すと


「テマリコッタちゃんとクロガンスお爺さんと一緒にパンを売りに行くのが楽しみで仕方なかったのよ。

 だから早くにパンを焼き上げて、ここで待ってたのよ」

 私がそう言うと、テマリコッタちゃんもその顔に満面の笑顔を浮かべていきます。

「私もとても楽しみよ! ヨーコさんと一緒ね」


 私とテマリコッタちゃんは、顔を見合わせるとその場でニッコリ笑い合いました。


「相変わらず仲良しじゃな、2人は」

 テマリコッタちゃんの後ろから歩いてきたクロガンスお爺さんが、私達にニッコリ笑顔を浮かべています。

「あら、クロガンスお爺さんとも仲良しですよ、私達。ねぇ?」

 私はそう言うと、テマリコッタちゃんも満面の笑顔で頷きます。

「当然よ、クロガンスお爺様。私はクロガンスお爺様のことももちろん大好きよ」

 私とテマリコッタちゃんの笑顔を前にして、

「ふむ、ならよかったわい」

 クロガンスお爺さんも、ニッコリ笑顔を浮かべました。


◇◇


 クロガンスお爺さんは、何かを引っ張ってやって来ていました。

「クロガンスお爺さん、何なんですか、それ?」

 私が聞くと、クロガンスお爺さんは、肩越しに後ろを振り向きました。

「これはな、ワシがまだ若かった頃にな、オトの街に野菜を売りに行くのに使っておった販売用のリアカーじゃ。ヨーコさんがパンを売るのに少しは役に立つかと思ってな」

 クロガンスお爺さんは、そう言って笑ってくれました。

 

 私は、クロガンスお爺さんの後ろに歩いて行きました。


 そこには、リアカーの上に、蓋が出来るようになっていて、その蓋の上に商品を置けるようになっています。

 上には布製の日よけ屋根もあります。


「素敵ですわ、クロガンスお爺さん。これ、すごく役に立ちそう」

 私は両手を組み合わせて、思い切り飛び上がりました。


 うわぁ、本当にうれしいわ!


 こんな台がないかなって、

 現実世界でもネット検索してみたんですけど、出てくるのは全部移動販売用の自動車ばかりだったのよ。


 喜んでいる私を見ながらクロガンスお爺さん、

「そうかそうか、引っ張り出してきた甲斐があったわい」

 そう言って、うんうんと頷いています。


◇◇


 私とテマリコッタちゃんは、屋台の端に座りました。

「よし、では急ごうか」

 クロガンスお爺さんは、そう言うと屋台を早足で引っ張り始めます。


 後ろ向きで荷台に座っている私とテマリコッタちゃん。

 その周囲をどんどん風景が通り過ぎていきます。


「ヨーコさん、次回は私もパン作りを手伝わせてね」

「わかったわ。次は一緒につくりましょう」

 のんびり会話かわす私とテマリコッタちゃん。


 屋台はどんどん進んで行きます。


 あの、私が落下した場所

 ……もうしっかり補修してあります。


 なんだか、すごく昔の事のよう。


 そっか、あの雨以来なんだ……オトの街


「ヨーコさん、見えて来たぞい」

 クロガンスお爺さんの言葉に、肩越しに振り向くと

 

 そのすぐ先で森が途切れ

 その向こうにオトの街が見えました。


◇◇


「やぁ、ヨーコさんいらっしゃい」

 街の入り口では、ガークスさんが門番をしていました。

 

「こんにちはガークスさん。今日はお邪魔しますね」

 私がニッコリ笑ってそう言うと、ガークスさんもニッコリ笑顔を返してくれます。

「まずはネリメリアお婆さんの店を尋ねてください。パンを売れる場所に案内してくれるはずです」

 ガークスさんの言葉に、私は頷くと、

「ガークスさんもいらしてくださいね。お待ちしていますわ」

 そう声をかけたのですが

「いやぁ……僕は今日は門番なんでねぇ」

 そう言いながら残念そうな顔をしています。

「何を言っておる。どうせ人など来はせんわい。抜けてこい、抜けてこい」

 クロガンスお爺さんは、ガークスさんにそう言って笑っています。

 ガークスさん、その言葉にどう答えたらいいのか、といった感じで苦笑しています。


「もう、クロガンスお爺さん、そういうお誘いはダメですよ」

 私は苦笑しながらクロガンスお爺さんの肩をポンと叩きました。

 するとクロガンスお爺さんは、自分の頭に手をあてて

「うむ、確かに不謹慎じゃったかもしれんな」

 ほっほっほと笑っていきました。


 クロガンスお爺さんの入街の手続きが終わったので、私達は街に入っていきます。

「ガークスさんのパンは帰りに差し上げますからね」

 私は別れ際に、ニッコリ笑ってそう言いました。

 その言葉に、ガークスは

「ホントですか! やったぁ!」

 と、その場で小躍りしています……そこまで喜ばなくても


◇◇


 ガークスさんと別れた私達は、屋台を引くクロガンスお爺さんの横を歩いています。


 通りには何人かの人通り

「こんにちわ」

 私は、満面の笑顔で、通り過ぎる皆さんに挨拶をしていきました。

 

 

 正直、反応は様々でした。


 それはそうでしょう。

 56人しかいない街


 あの雨の時の出来事は、皆さんすでに知っているはずですものね。



「……っと、いけないいけない」

 私は、顔を大きく左右に振りました。


 ダメよ、ヨーコ

 決めたじゃない


 皆さんの中に飛び込んでいって、受け入れてもらえるように。

 そう、みんなに受けれてもらえるように、のんびりやっていこうって。


 私は、少し猫背になりかけていた背中を伸ばして

「こんにちわ。今日も暑いですね」

 通り過ぎる皆さん、1人1人に声をかけていきました。


◇◇


 程なくして、ネリメリアお婆さんの雑貨屋に到着しました。


 ネリメリアお婆さんは、店の中から私達の姿が見えたらしく、

 私達が到着する前に、店の前へと出てきてくれました。


「いらっしゃい、ヨーコさん」

 ネリメリアお婆さんは、そう言いながら私を優しく抱きしめてくれました。

「こんにちわ、ネリメリアお婆さん」

 私は、そんなネリメリアお婆さんを抱き返します。


 頬をふれあわせながら、しばらく抱き合います。


 本当に

 本当に暖かい抱擁です。


「ヨーコさんや、私の店の中で売ってもらっても良かったんだけど、今日は天気もいいしあっちに行きましょう」

 ネリメリアお婆さんは、そう言うと、私の手を取って歩き始めました。


 少し進むと、道の先が広くなり、ちょっとした公園のようになっています。


 真ん中には大きな木が1本立っていて、

 その近くにはベンチがいくつか設置されています。


 はしゃぐ子供達

 その保護者らしい皆さん


 10人くらいの皆さんが、思い思いに過ごしています。


「さぁ、ここだ。ヨーコさん好きな場所に店をお出し。許可はもらっておいたからね」

 ネリメリアお婆さんはそう言うとニッコリ笑ってくれました。

「何から何までありがとうございます、ネリメリアお婆さん」

 私はニッコリ笑って頭を下げました。


 クロガンスお爺さんと2人して、私は周囲を見回します。


 広場の中央はベンチと子供達で占拠されています。

 と、なると、広場の外周……出来れば木陰がある場所がいいわね……


 そう思っていると

「ヨーコさん、ここにするか」

 そう言いながら、クロガンスお爺さんは私達が立っているすぐ脇へと移動していきました。


 そこは、広場の入り口。

 私達が入って来てすぐの場所でした。

 

 あらあら私、近すぎて見落としていたようです。


 クロガンスお爺さんは、そこに屋台を設置しすると、車輪を石で固定していきます。


 私は、魔法袋からまずキッチンマットを取り出します。

 それを、屋台の台の上に並べていきます。


 ふふ……100均の品だけど、結構お洒落に見えるわね。


 私とテマリコッタちゃんが、せっせとマットを並べていると


「なんだなんだ?」

「何やってるの?」

 まず、子供達が興味津々な様子で寄って来ました。


 そんな子供達に、木陰に腰掛けたネリメリアお婆さんが

「もうすぐここで美味しい物が売られるよ。ほしかったらママにお金をもらっといで」

 そう言い、にっこり微笑みます。


 その言葉に、いきなり騒然となる子供達。


 そんな子供達を背に

 さぁ、いよいよ主役を取り出します。


 念のために、先に取り出しておいたミトンを両手にはめた私は

 キッチンマットの上に魔法袋を置くと


……食パン型、出てきて


 そう、意識を集中しました。


 すると

 ポン、といった感じで、

 荷台の上に、食パンの型が8つ、一度に出現しました。


「うわぁ!?」

「何? これ? すごくいい匂いだわ!?」


 子供達

 まずその匂いに釣られて、一斉に屋台に集まってきました。


 私は、そんな子供達の前で、食パンの型の1つから、パンを取り出していきます。


「え? これパン?」

「なんだかすごく柔らかそう……」


 食パンカッターを片手に、私はそのパンを少し薄めに切っていきます。

 ほどなく5枚ほど切れたところで


「はい、みんな。これを食べてみていいわよ。これは私からのプレゼントよ」

 バスケットに入れた5枚の食パンを、

 屋台の周辺に集まっている5人の子供達に渡していきます。


 おそるおそるといった感じでパンに手を伸ばしていく子供達


「ん!?」

 その中の1人

 パンにパクついた女の子が目を見開きました。

「柔らかい! すごく柔らかくておいしい!」

 女の子はそう言うと、パンをあっという間に食べ尽くしてしまいました。


 それに釣られて、他の4人もパンをパクリ。


「うわ! ホントだ!」

「すごく柔らかい!」

「なんか甘いぞ!」

 

 子供達は、歓喜の声をあげながら、みんなあっという間にパンを食べ尽くしてしまいました。


 すると、子供達

 みんな一斉に保護者の元へ走って行きました。


「ほんとだって、すごく美味しいんだって」

「そんなに美味しいのかい?」

「そうなの、美味しいの! だから買って、ママ」

「そんな急に言われても……」


 困惑気味な保護者の方々を子供達が引っ張ってきています。   


 私は、

 改めてパンを薄めに切っていきました。

 それをさきほどのバスケットに並べたところで、子供達に連れられた保護者の方々が到着しました。


 私は、そんな皆さんにニッコリ微笑むと

「さ、試食なさってくださいな」

 そう言いながら、バスケットを皆さんに差し出しました。


 保護者の方々

 少し、顔を見合わせた後


「ま、まぁ、試食ならね」

 そう良いながら、パンを口に運んでいいきました。


「あ……えぇ?」

 その途端、そのママさんは、思わず目を見開いていました。

「何これ、すごく柔らかくて、すごく美味しいわ」

 そう言うと、いきなりその手ポケットに突っ込んでいきます。

「これ、この入れ物1個分もらうわ、おいくらかしら?」

 そう言いながら、その手に財布を取り出していました。


 すると、


「ホントだ!」

「何これ、なんでパンがこんなに柔らかいの!?」

 試食を口にした皆さんは、


 揃って目を丸くし

 そして財布を取り出します。


 私はパンを切り分けながら、それに対応してきます。 

 お金はテマリコッタちゃんが受け取ってくれています。

 

 そうしていると、

「ママ、こっちこっち」

 先ほど試食をした子供が、家にいたママを連れて来てくれたり、

 噂を聞いたママさん達が駆けつけて来ます。


 私のパン屋は、あっと言う間にお客様でいっぱいになりました。


「ヨーコさん! 私もそのパンほしいわ!」

 後ろから声がしたので振り返ると、ラミアのラテスさんがお店から蛇の下半身を駆動させながら急いで向かって来ていました。


「ラテス、顔見知りだからってズルはダメだよ。ちゃんと列にならびなさいな」

 私が手渡したパンを食べながら、ネリメリアお婆さんがラテスさんに言っています。

「はいはい、わかっていますわよぉって、これ、どんだけ並んでるのよぉ!?」

 ラテスさん、頭を抱えていました。


 そんな感じで


 この日の私


 ヨーコのパン屋は、たくさんのお客様においでいただけました。



 ちゃんとガークスさんの分も、帰りに手渡しましたよ。


◇◇


「ヨーコさん、今度はもっとたくさん作って売りに行きましょう」

 ガークスさんにパンを渡した私に、

 テマリコッタちゃんがそう言って笑いました。


 すると


「是非そうしておくれ」

「次はいつくるんだい?」

「待ってるからね」


 そんな私達を、

 今日、パンを買ってくださったママさんや、子供達が笑顔で見送ってくれていました。


 私は、そんな皆さんにニッコリ微笑むと

「なるべく近いうちにまた参りますわ」

 そう伝えました。


 そしてみんなに手を振る私



 そんな私に手を振り返してくださるオトの街の皆さん


 その数は、

 あの日よりたくさんでした。

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