第32話 パンを売りに行く朝霧ヨーコさん その1

 仕事中の朝霧ヨーコです。


 ですが……少しお顔が緩みがちです。


 あ~、昨日は楽しかったのですよ~。


 クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんだけじゃなく、

 ネリメリアお婆さんやネプラナさん

 ガークスさんや、イゴおじさん、ションギおじさん


 みんなにパンを楽しんでもらえたんですからねぇ……えへへ。


 こっちの世界の食パンにはかないませんけど

 みんなで一生懸命作った窯で、

 一生懸命手作りしたパンですもの。


 それを美味しいと言ってもらえて、嬉しくないなんてことがあるでしょうか?


 いいえ、ありませんとも!


 みんなでパンを食べている時、

 ネリメリアお婆さんに提案されたんです。

「ヨーコさん、良かったらこのパン、オトの街にも売りに来てみないかい?」

 って。


 別にね、あれなんです。

 儲けたいとかそういうのではないのです。


 オトの街に行く口実?

 理由みたいなものが出来たこと……これが何より嬉しいんです。



 うん


 やっぱさ……泣いて笑って、しっかり割り切ったつもりでも、

 心のどこかで、オトの街の人達に、自分から背中を向けてる自分がいたのよね……


 よし


 ここで、そんな弱気虫にも退散願ってですね、

 いざ、前向きな朝霧ヨーコさんでいかないと、と思うわけですよ。



「朝霧くん、この書類計算間違ってないか?」

 あらやだ、ごめんなさい……あはは


◇◇


 さてさて、仕事のミスもフォローしたし、

 その後は間違いもしなかったし……多分


 外回りの人が持って帰って来た伝票仕事を少し残業してこなした私は、再度内容を確認して……うん、よし

 毎日定時帰宅の上司の机上にこれを置いて、と、さぁ、帰宅です。


「あ、朝霧先輩!」

 おや? 阿室さんじゃないですか?

 確か今日までお休みじゃなかったっけ?


「えぇ、さっき帰ってきたんです。

 それで、朝霧先輩、よかったらこれから飲みにいきませんか?」


 はい?


「貴水くんやみんなが飲みに行くって言うんで、私も帰宅してすぐに出てきたんですよ。

 ね、一緒にいきましょう!」

 なんか、妙に熱心に誘ってくる阿室さんなだけど


 えっと……向こうに見えてる男性陣が、貴水くんを入れて6人で

 その周囲に居る女性陣は、阿室さんを入れて5人ですか……


 これは私、人数あわせで誘われてますね?……あはは


 まぁ、誘ってもらえるだけありがたいといいますか、ギリギリ若人組に振り分けていただいて、ありがとうございますなんですけど、

「ごめんね~、ちょっと野暮用があるの」

 

 じゃ


 って、笑顔で手を振って、私は家路へつきました。


 なんか後ろで

「お前、絶対誘えるっていったじゃん」

「だってぇ、まさか断られるなんてぇ」

 なぁんて声が聞こえてますけど、まぁ、気にしませんけどね。


 強いて言えば、阿室さん。

 まずは「休みを変わってくださってありがとうございました」じゃないかしら?

 とは、思ったのですよ、うん。


 まぁ、いいませんけどね。


◇◇


 さてさて、帰り始めたら頭の中身を切り替えるのが最近の朝霧流。


 まずは行きつけの24時間スーパー・ヘローズにお邪魔します。


 強力粉を大量に購入

 ドライイーストに、塩に砂糖にバターに……


 そうだ、クルミやレーズンも持って行きましょう。

 いろんな味があってもいいわよね。


 レジをすませたら、すべてをエコバックに詰めていざ自宅へ。

 強力粉が重たいですけど、まぁ、もう慣れて来ちゃってます。

 なんかすっかり強くなったなぁ、おもに筋力的に。


 なんて思いながら5階へたどりついた私は、ガチャッと鍵をあけて家の中へ


 今日は、残業したせいで、もう外は暗くなっています。

 やばいやばい、急げ急げ


 なんでしょうね、

 最近は家に入ると、もう、一刻も早く家の事を済ませて向こうの世界に行きたくなって仕方ありません。


 でも、ここでぐっと我慢するのが大事です。


 まずは部屋の掃除から

 こういうのって、儀式的にですね「向こうの世界にいく前にはまず掃除」って習慣づけちゃうと、なんか自然に体が動いてくれるんですよね。


 寝室・私室・リビングと台所にトイレ。

 最後に、シャワーを浴びながらお風呂掃除です。


 さて、と

 部屋も体もピカピカになったところで、いざ、向こうの世界へいきましょう。


 私は、いつものように、今日買ってきた荷物をベッドの脇に置いて、自分はそのとなりで横になります。


 頭を枕にのせ、目を閉じて……



◇◇



 ……再び開くと、そこには木造の天井ですわ。


 私は、むくりと起き上がります。

 うん、今日も無事こっちの世界にやってこれました。


 普通にこうして夜の間だけこちらの世界に来続けていますけど……

 これって相当普通じゃないですよね……こころのどこかで、少し感覚が麻痺している感じです。


 さて、と


 私は早速作業着に着替えると、鍵をあけて、外へと出て行きます。

 まだ夜明けまですが、山の端はかなり白んでいます。


「よし、今日は1人でパンを焼くわよ」

 私はそう自分に言い聞かせながら、満面の笑顔です。


 さぁ、待ってて、オトの街の皆さん……と、一方的な思いを森にぶつけながら、私はパンを作り始めました。


 パン生地の方は、昨日散々やりましたので、体が覚えてくれている感じです。


 揉んで捏ねて

 揉んで捏ねて

 発酵させて……と、作業をこなし、ほどなく食パンの型8個に生地を詰めました。


 さぁ、これを発酵させている間に、窯に火を入れましょう。


 この作業は道の世界ですわ。

 何しろ昨日はすべてクロガンスお爺さんにお任せしていましたもの。


 とはいえ、

 テマリコッタちゃんと一緒にしっかり見学していますもの……うん、落ちついてやれば大丈夫


 ……よね?



 さて、まずは種火作りね……


 準備しておいた木の枝と枯れ葉を盛り上げて、

 ここでクロガンスお爺さんは、魔石で火をつけてましたけど……私はここでチャッカマンを使用します。


 ふふ


 一度ネリメリアお婆さんの店で売ろうとしたんだけど……食器がすごく高く買ってもらえたので、持って帰ったのよね。



 チャッカマンの火を枯れ葉に近づけていくと……よしよし、うまく火が着いたわ。

 私は、その火が大きくなるのを待って……さて、その周辺に薪を並べていきます。

 昨日、クロガンスお爺さんが残くれた薪。

 それを魔法袋に保存しておいたのでしっかり乾いたままです。


 この魔法袋も

 テマリコッタちゃんのおかげで、帰ってきてくれたのよね。


 どうやら、着火は成功のようです

 あっと言う間に薪がパチパチ音を立てて燃え始めました。


 よしよし、いいわよ。


 私は、にっこり笑いながら、その火を腕組みしたまま見つめていきます。


◇◇


 薪を燃やして1時間


 食パンの型を入れて1時間


「さぁ、出来上がりは……」

 私が、おそるおそる窯を開けると、

 まず、むせるようなパンの臭いが、私を包んでくれました。


 うわぁ、すごく良い匂い。


 思わず、その場で深呼吸した私は

 改めて中を確認していきます。


 すると


 昨日同様に、食パンの型から、頭をのぞかせている食パン達の姿が見えました。


 うん、成功ね


 私は思わずにっこり笑顔を浮かべていきました。



 食パンの型を、すべて机の上に取りだした私は、ミトン片手に魔法袋へ入れていきます。

 ミトンをはめた手を食パンの型にあてて

『魔法袋の中に入って』

 って思えば入ってくれるのですから、本当に便利です。

 

 おそらく、オトの街でも暖かなまま顔をだしてくれるはずです。


 フフ、楽しみだわ。


 私は、食パンの型を魔法袋に入れ終えると

 パン切り包丁や、台にするためのまな板、パンを入れるためのカゴや大皿も魔法袋に詰めていきます。

 小分けようのナイロン袋も一緒に入れておきます。


 

 さて、パンの準備は出来たわね。


 私は、エプロンを外しながら家に入ると、洋服ダンスのある部屋へと移動していきました。


 せっかくパンを売りに行くんですもの。

 少しはお洒落していかないとね。


 私は、腰がキュッとくびれている白地の小洒落たワンピース。

 スカート丈はかなり長めでだけど、白狐姿のヨーコは、足長なので、これも合ってるわよね……ふふ。


 パンを売るので、頭になんとなくバンダナを巻いたりしてみて……うん、こんなもんかしら?


 私は、姿見の前で衣装をチェック


 うん、良い感じ……かな?



 準備が整った私は、ロングブーツを履くと森へ向かって歩き出しました。


 クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんと約束していますので、

 2人が出てくる分かれ道まで行っておこうと思います。


 ふふ


 ちょっと待ちきれない感じです、私。


 そんな私が、分かれ道へたどり着いた頃

 ちょうどお日様が山裾まで照らしはじめました。


 とても綺麗な青空です。


 ……今日も暑くなりそうね

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