第31話 みんなでパンを食べる朝霧ヨーコさん

 私とテマリコッタちゃんが食パンの型を持って外に出ると、窯のところでクロガンスお爺さんが作業をしていました。

「おぉ来たか。もう窯が準備万端じゃ」

 そう言って笑うクロガンスお爺さん。


 私は、テマリコッタに笑いかけると

「ですって! さぁ、焼きましょう」

 そう声をかけました。


 テマリコッタちゃんはそんな私にニッコリ微笑むと

「うん、焼きましょう!」

 そう言いながら、クロガンスお爺さんの方に向かって駆けていきました。


 こういうときって、

 転んで失敗……なんていうのが、お約束であったりしますけど

 さすがはテマリコッタちゃんです。

 まったく危なげないままクロガンスお爺さんの元へと駆け寄ると。

「はいクロガンスお爺様、これを焼いてくださいな」

 そう言いながら、持って来た食パンの型をクロガンスお爺さんに渡していきます。


 食パンの型を初めて見るクロガンスお爺さんは

「ほう、こんな入れ物でやくのか……」

 興味津々といった具合で、その入れ物を眺めていきます。

 そんなクロガンスお爺さんに、私も自分が持って来た食パンの型を見せると

「クロガンスお爺さん、まだまだいっぱい控えていますわよ」

 そう言ってニッコリ笑います。


 そんな私に、クロガンスお爺さんは慌てながら

「おお、そうじゃな、さてさて早速焼いていこう」

 そう言いながら、窯の中に食パンの型を並べていきました。


 準備していた食パンの型は、1段に4つ。2段でちょうど8個入りました。

「さぁ、あとは余熱で焼けるのを待つのみじゃ」

 クロガンスお爺さんは、窯を眺めながらイスに座っています。

 テマリコッタちゃんも、その横に座ると、ワクワクしまくりな表情で窯の方を見つめています。


 フフ、とても楽しみなのね。


 でも、楽しみなのは私も一緒です。

 一度部屋に戻り後片付けをする私。


 いつもならテマリコッタちゃんがすぐに飛んで来て手伝ってくれるはずですが、

 今のテマリコッタちゃんは、窯に夢中のようですわ。


 私も、後片付けをざっと終えると、

 お湯を沸かし、改めてお茶の用意をしていきます。


 パンを焼いている最中なのでお茶菓子はなくてもいいかしら、と、思ったのですが

 きっとクロガンスお爺さんが、あのクッキーをほしがるだろうと思い、クッキーを少しお皿に盛り付けてトレーに乗せました。


「さ、パンが焼けるまでお茶でも飲みましょう」

 私がトレーを持ってデッキに戻ってくるとクロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんは嬉しそうに微笑んでくれました。


 私達は、

 3人揃ってデッキのイスに座ると、窯を見つめながらのんびりお茶を口に運んでいきました。


◇◇

 

「さぁ、そろそろじゃな」

 クロガンスお爺さんはそう言うと、窯をゆっくり開けていきます。

 

 緊張の瞬間です。


 クロガンスお爺さんの巨体の後ろから、窯の中をのぞき込もうとする私とテマリコッタちゃん。


 ですが


 クロガンスお爺さんの体が、きれいに窯の入り口を隠してしまっていて、まったく見ることが出来ません。


 すると、クロガンスお爺さん


 一度私達の方へ振り向くと




 そこで悲しそうな表情を……




「うそ!?」

 驚愕の表情のテマリコッタちゃん。

 私も思わず落胆したのです


 ですが


「嘘じゃ嘘じゃ。綺麗に焼けておるて」

 一転して、満面の笑顔になったクロガンスお爺さんは、そう言いながら窯の前から体をどけてくれました。


 すると


 その窯の中には、型の上からこんがり綺麗に焼けた頭をのぞかせている食パンが


「もう、クロガンスお爺様ったら、ひどいわ!」

 テマリコッタちゃんは、そう言いながらクロガンスお爺さんをぽかぽか叩いていきます。


 でも、満面の笑顔です。


 ふふ、私も思わず安堵のため息をもらしながら笑顔を浮かべています。


「じゃあ早速出していきましょう」

 私は、大きなミトンを両手にはめながら、そう言いました。



 取り出したパンは、どれも綺麗に焼けています。

 テマリコッタちゃんとクロガンスお爺さんも、大きなミトンを手にして手伝ってくれています。


 程なくして、窯の中から全ての食パンの型が取り出されました。


 どれも綺麗なきつね色です。


「さて、中身は……」

 デッキの机の上で、型から食パンを出していきます。


 緊張の瞬間です。


 中は……ふっくら焼き上がっています。

「ヨーコさん、これで成功?」

「えぇ、大丈夫なはずよ」

 私はそう言いながら、パン切り包丁で食パンをカットしていきます。


 すると、

 外のきつね色とは対照的な、真っ白な中身が姿を現します。


「はい、どおぞ」

 私は、最初にカットした1枚を、テマリコッタちゃんへと手渡しました。

 テマリコッタちゃんは、それを受け取ると、最初はとても嬉しそうな笑顔。

 でも、すぐに困惑した表情に変わっていき

「ダメよ、最初の1枚はやっぱりヨーコさんが食べないと」

 そう言いながら、私にその1枚を差し出します。


 本当にテマリコッタちゃんは良い子です。


 私は、ニッコリ微笑むと

「いいのよ、テマリコッタちゃん、私があなたに最初に食べて欲しいと思っているのだから」

「ホント? ホントにいいの?」

「えぇ、味見、お願いね」

 そう言う私に、テマリコッタちゃんは、満面の笑みを浮かべ、パンをパクリ


 すると、その目がまん丸になりました。


「ヨーコさん、ふわふわであったか! こんなパン産まれて初めてよ!」

 そう言うと、テマリコッタちゃんはあっと言う間にその1枚を食べ尽くしてしまいました。


 テマリコッタちゃんは、名残惜しそうに指までなめています。


 私はそんなテマリコッタちゃんに

「大丈夫よ、まだまだいっぱいあるわよ」

 そう言いながら、パンをさらに切っていきます。


 すると


「おいおいヨーコさん、テマリコッタもあれじゃが、ワシのパンも忘れんでおくれよ」

 そう言いながら、少し悲しそうな顔をしています。

 

 ふふ


 私は、そんなクロガンスお爺さんに

「クロガンスお爺さんは、さっき私達に意地悪したから後回しですわ」

 そう言って、悪戯っぽく笑いました。


 途端に困惑のひょうじょウを浮かべるクロガンスお爺さん。


 ふふ、嘘ですよ


 私は、今度は厚めに切った食パンを3枚

 1枚をテマリコッタちゃんに

 1枚をクロガンスお爺さんに

 そして、最後の1枚を私が口にしていきます。


「うん、確かにこれはうまいな」

 クロガンスお爺さんは、そういいながら、わずか2口でパンを食べてしましました。

 

 ふふ、よほど美味しかったのですね……よかった。



 そんな感じで私達がパンを満喫し始めたところで


「お~い、みんな~」

 森の方から声が聞こえてきました。


 私がそちらへ視線を向けると、そこにはガークスさんをはじめとした、オトの街の皆さんが

 ネプラナさんと、ネリメリアお婆さん

 イゴおじさんとションギおじさんの姿も見えます。


 5人の皆さんは、手を振りながら私の家へとやって来てくださいました。


「ヨーコさん、少しふりじゃが、元気かい?」

 ネリメリアお婆さんは、そう言いながら私をギュッと抱きしめてくれました。

 きっと、あの雨の時の、村の方々の私への態度のことを気にしてくださっているのでしょう。


「えぇ、もう元気元気ですわ。ほらこのとおり」

 私は、あえて満面の笑みを浮かべると両手をぶるんぶるんと振って見せました。

 そんな私の様子見、ネリメリアお婆さんは、嬉しそうに微笑んでくれました。


 ガークスさんや、ネプラナさんも

 最初私の様子を気にしてくださっていましたけど、このネリメリアお婆さんとのやりとりで安堵してくださったようですわ。



 さっそく皆さんにも、ちょうど焼き上がったばかりのパンを食べてもらいます。


「うわ、柔らかい!?」

「うっそ、これがパンなん? テリアの店のパンと全然ちゃうやん」


 みなさん、口々にびっくりしながら

 次々に切ったばかりのパンを手にしていきます。


「ヨーコさん、これ街で売れるよ、ホント」

 ネリメリアお婆さんまで、そう言いながらパンをすごい勢いで食べています。


 売れるとかどうかはともかくとして、

 今の私は、こうして皆さんが、パンを喜んで食べてくださるのが何よりですわ。


 私は、お茶のおかわりを準備するために一度台所へ戻っていきました。


 どうしましょう

 少し早いけど、このままお昼ご飯も食べてもらおうかしら?


 そんなことを考えながら、私はお湯を沸かしていきます。



 部屋の中には、清々しい風と共に、皆さんの笑い声が心地よく響いていました。

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