第30話 パンを焼く朝霧ヨーコさん
今日はクロガンスお爺さんが薪を持って来てくださるはず。
では、私はパン生地を作っておきましょう・
台所の下の戸を開け、強力粉の袋を取り出します。
ボールにドライイースト、あと塩と砂糖と……あ、バターもいるわね……
バターは今日、現実世界から持って来たばかりなので、今は大丈夫だけど、冷蔵庫がないから日持ちしないのが難点ね……何かいい方法、考えないと……
そんなことを考えながら私は、灯した魔法灯を横に置いて、早速作業にとりかかりました。
計量カップや計量スプーンで計った材料のうち、バター以外のものをすべてボールにいれると、さぁひたすらこねていきます。
足元に転がっている電気式のホームベーカリーが動けば、このまま一次発酵まで勝手にやってくれるのですが、電気がないこの世界では、頼れるものは自分の手のみです。
ひたすらコネコネしていく私、
結構大変なんですけど……ふふ、どこか楽しくなってきています。
この後、
この生地を使ってクロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんと一緒にパンを焼くんですもの。
楽しくならなかったらおかしいというものですわ。
ある程度まとまり始めたら、バターを加えて綺麗に拭いたリビングの机の上でこねていきます。
揉んで捏ねて
揉んで捏ねて
まとまってきたらバンバン叩きつけたりしちゃったりして……ふふ、なんだか本格的ね、と、自画自賛です。
生地を引っ張ってみて……うん、いい感じに薄く伸びてるわ。
さて、
丸くまとめたら、これをボールに入れて発酵させます。
上にぬらしたふきんをのせて、っと。
ここまでとっても物知りな様子で作業をしていますけど
現実世界から持って来ているレシピの紙を一度として手放していませんわ。
さ、
発酵するまでの間に、次を作りましょう。
私は台所に戻ると2つ目の生地作りを始めました。
◇◇
6つ目の生地を作り終えたときでした。
「ヨーコさん、おはよう!」
元気な声と、玄関の扉をノックする音が同時に聞こえました。
その元気な声のおかげで、顔を見なくても誰が来たのかわかるわよ。
「いらっしゃい、テマリコッタちゃん」
私は、扉を開けながらニッコリ笑顔。
そんな私に、テマリコッタちゃんが満面の笑顔で抱きついてきてくれました。
「ヨーコさん、今日はパンを焼くのね! 私もいっぱい頑張るわ!」
テマリコッタはそう言いながら私に抱きついたまま頬ずりをしてきました。
そんなテマリコッタちゃんに、私は笑顔を返します。
「よろしくお願いするわ。一緒に美味しいパンを焼きましょうね」
私がそう言いながらテマリコッタの顔をのぞき込むと、
テマリコッタちゃんは嬉しそうに微笑んでくれました。
私達は額を寄せ合うと、互いにニッコリ笑い合いました。
「では、ワシは窯の準備をしておくわい」
すると、すでにオープンデッキに移動していたクロガンスお爺さんが、笑顔でそう言ってくれました。
あ、でもちょっと待ってくださいな
私は、クロガンスお爺さんの元に駆け寄ると
「クロガンスお爺さん、私にも少し見せてくださいな」
窯を開けようとしているクロガンスお爺さんに話しかけました。
すると、クロガンスお爺さんは、ニッコリ笑います。
「あぁ、そうじゃな。ヨーコさんが一人でも使えんと困るもんな」
そういうクロガンスお爺さんに、私もニッコリ笑い返しながら頷きます。
窯にはまず、小枝と乾いた枯れ葉をこんもりと盛り上げます。
「いいかい? まずはこれに火をつけて、火種にするんじゃ」
クロガンスお爺さんはそう言うと、手に持っている着火魔石を枯れ葉に近づけていきます。
パチパチ
そんな音がしたかと思うと、あっという間に枯れ葉に火が着きました。
それを私とテマリコッタちゃんは、ほ~、っといった感じで見つめています。
火が枝に燃え移ったあたりで、クロガンスお爺さんは、薪を窯に入れていきます。
屋種火を消さないように、うまく薪を組み合わせながらどんどん中にいれていきます。
程なくして、火が薪に燃え移っていくと、あっという間にすごい炎をおこりました。
「あ、熱いわ、とっても」
これくらいになると、もう側にいることが出来ません。
それほどの熱が窯から発散され始めています。
「さて、これで1時間もすればパンを焼けるぞ」
クロガンスお爺さんは、デッキのイスに座ると、火の具合をチェックしながら腕組みしています。
すると
テマリコッタちゃんまで、その横に座って腕組みしています。
ふふ……2人が見てくれていたら、安心ね。
私は、一度台所へ戻ると、まずはボールの中の生地の発酵具合を確認します。
大きさはまちまちですが、どうにかうまく膨らんでいる……ような気がします……
時間的に、あと30分ほどで小分けにして、生地を休ませればいい感じかな。
となると、少し時間が空きますね。
私は、早速夜間でお湯を沸かすと、紅茶の準備に取りかかりました。
まずは人数分のカップに、それぞれティーパックを入れて、と
お湯が沸くまでの間に、トレーとお茶菓子を準備します。
当然、あのクロガンスお爺さんお気に入りのクッキーですわ。
さて、
お湯が沸いたのでそれをカップに注いで、と
私はトレーを手にすると、玄関を出てオープンキッチンへと歩いて行きました。
「さ、窯の準備が出来るまで一服しましょう」
私はそう言いながら、クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんの前のテーブルに、トレーを置くと、2人の前に、紅茶のカップを置きました。
クロガンスお爺さんはストレート。
テマリコッタちゃんには、角砂糖を2つ入れてあります。
私も、ストレートのまま煎れた紅茶です。
私がイスに座っていくと、クロガンスお爺さんはすごく嬉しそうな顔をしながら、クッキーを手にしていました。
「これこれ! ありがとうヨーコさん、これが食べたかったんじゃ」
そう言うと、クロガンスお爺さんはうれしそうにクッキーを頬張っていきます。
するとテマリコッタちゃん。
「え? クロガンスお爺さんは、ヨーコさんのパンより、このクッキーの方が楽しみだったの?」
そう言いながら、なんだか悲しそうな表情をしています。
そんなテマリコッタちゃんの表情を前にしてクロガンスお爺さんは、すごく慌てふためきながら
「いやいや、そ、そんなわけじゃないんじゃ」
必死に弁解するクロガンスお爺さんですけど……正直、私もそのクッキーより美味しく焼けるかどうか地震がないのよ? テマリコッタ。
そう言う私に、テマリコッタちゃんはニッコリ笑って言いました。
「大丈夫よ! だってヨーコさんだもん」
そ、そうね……えっと、私どう応えたたらいいのかしらね?
私は、あれこれ思案した結果、どうにか作り笑いを浮かべていきました。
◇◇
そうこうしているウチに、生地の発酵もうまくいったようなので、
小分けにして生地を休ませていきます。
「ヨーコさん、手伝うわ!」
この作業には、テマリコッタちゃんも参戦です。
私と一緒に、発酵を終わらせた生地をリビングの机の上に置き、私の拳の大きさくらいにまとめていきます。
「ヨーコさん、ちょっと見せて」
私の拳くらいと説明したものだから、テマリコッタちゃんが何度も私の手を確認していきます。
そんなテマリコッタちゃんに、私は笑顔で
「はいどおぞ」
と言いながら右手を差し出します、
それをフンフンといいながら見つめ、自分が手にしている生地と見比べていくテマリコッタちゃん。
どうしましょ、結構適当に分けてる私が、なんだかすごく申し訳ない気持ちになってきます。
テマリコッタちゃんの確認作業も
テマリコッタちゃんが分ける作業になれてくるよ、お声がかかる頻度も減っていき、ほどなくして、すべての生地を小分けに出来ました。
「ヨーコさん、これがパンになるのね?」
テマリコッタちゃんは、待ちきれないとばかりに、ワクワクしながらパンを見つめています。
そんなテマリコッタちゃんの横で、私は食パンの型をいくつか準備していきます。
◇◇
「よし、窯の方はいつでもよいぞ」
クロガンスお爺さんから、そう声がかかりました。
ですが、パン生地の方はまだかかりますわ。
生地を休ませ終えたら、
それを麺棒で何度ものばしていきます。
中あわせにしてくるくるくると巻いていきます。
この生地3つを食パンの型へと入れていきます。
「さ、このあと1時間したらこれを窯に入れて焼くのよ」
私がそう言うと、テマリコッタちゃんは不思議そうな顔をして首をかしげます。
「ヨーコさん、なんですぐに焼かないの? これで準備出来たんじゃないの?」
そう言うテマリコッタちゃんに、私はにっこり笑い
「すべては1時間後よ、さぁ、その前に作業を終わらせましょう」
私はそう言うと、改めて麺棒を握っていきます。
テマリコッタちゃんも、首をかしげながらも作業を続けていきました。
◇◇
そして1時間
「うわぁ!? な、なんで!?」
テマリコッタちゃんは、食パンの型を見てびっくりです。
何しろ、食パンの型の底の方に転がっていたあの生地が
1時間経った今では、食パンの型いっぱいに広がっているんですから。
テマリコッタちゃんは、目を輝かせながら食パンの型を見つめています。
「ヨーコさん、これも魔法なの?」
テマリコッタちゃんは、満面の笑顔で私を見つめました。
ですが
私はにっこり笑います。
「いいえ、これは魔法じゃないわ。
テマリコッタちゃんと私が頑張ったから、生地さんがいっぱい頑張ってくれたのよ」
ふふふ
絶対聞かれると思っていたから、仕事中に必死に考えた答弁よ。
そんな私の言葉に、テマリコッタちゃんは嬉しそうに笑っています。
「そっか、ヨーコさんと私が頑張ったからなのか」
えへへ、と微笑むその顔が、とても愛らしいです。
私は、そんなテマリコッタちゃんの頭を優しく撫でると
「さ、焼きましょう。クロガンスお爺さんがお待ちかねだわ」
私の言葉に、テマリコッタちゃんは
「うん! わかったわ」
そういいながら、食パンの型を手に取りました。
さぁ、うまく焼けるかしら。
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