第26話 お風呂と朝霧ヨーコさん その1
今日の我が家の最初のお客様がようやくたどり着いてくださいました。
山の端からやっと顔をのぞかせてくださった陽光さん。
ふふ、おはようございます。
私は少し目を細めながら山へ視線を向けていきます。
時間が経つに連れ、
陽光が強くなっていくにつれて、
ヨーコの目は細くなっていきますわ。
ベランダから眺めている光景は、この少しの間に一変していきます。
陽光の力って、ホントすごいですわね。
私は、ベランダの机に両肘をつき、頬杖しながら景色をぼんやり眺めています。
そういえば、肘を怪我して思ったことがありました。
私、この世界にこれるようになってですね、現実世界からいろいろな物持って来ました。
でも、不思議なことに、その逆は出来ません。
以前、勢いに任せて持って来てしまった電気パン焼き器
何度か現実世界に持ち帰ろうと試したのですが、彼はいまだに台所の一角にお住まいですわ。
それで思ったのがですね、肘を治してくれた、あの薬です。
この世界には電気はありません。
ですが、魔法があります。
現実世界では、すぐに治せないような大怪我を、ほんの一瞬で治してしまうような。
ひょっとしたらですが
そういった魔法に関した物を持って帰られては困るから……
どうなのかしらね
どこにも答えがないだけに、私もホント困ってしまいます。
そうそう、困るといえば、魔法袋です。
いつも私は、この世界にくると真っ先に魔法袋を身につけます。
魔法袋は、私が現実世界に帰るとき、一緒に帰ってきてはくれません。
そして、私が次にやってくると、
真穂袋はいつも机の上で私を待っていてくれていたのです。
その魔法袋が、見当たらないのです……
そうですね……雨の時期の記憶があやふやなのですが、
おそらくは、あの日……私がなぜか、オトの村で目覚めたあの日からでしょうか……
この世界にたどりついた私に、
いつも一番最初に「こんにちは、ヨーコ」
そう言ってくれていたような……そんな友達がふいにいなくなってしまったような……そんな気持ちです。
掃除がてら探してみた家の中にはみつかりませんでした……ふぅ
だめだめ
こうして後ろ向きになっちゃだめ
そうおもったからこそ、頑張ってパンを焼いたんじゃないの。
とはいえ
せっかく焼いたパンも、私は3個が精一杯。
パンはあるけど……まだお話してくれる相手が見つかりません。
そんな私の目に
何か森の方で動く物が見えた気がしました……いえ、気のせいではありません。
「ヨーコさ~ん!」
テマリコッタちゃん
クロガンスお爺さんも一緒です。
テマリコッタちゃんは、クロガンスお爺さんにおんぶされています。
そのクロガンスお爺さんの背中から、私に向かって一生懸命手を振ってくれています。
私は、すぐに立ち上がると、すぐに手を振り返しました。
あぁ、やっと出会えた……
私は、そんな思いを胸に一生懸命手を振りました。
ほどなくして、
クロガンスお爺さんが我が家に近づいてくると、
「ヨーコさん、ただいま!」
テマリコッタちゃんは、クロガンスお爺さんの背中から飛び降りて私に向かって駆け出してきました。
私は、そんな元気なテマリコッタちゃんを抱きしめるべく
両手を広げて待ち構えます。
さぁ、テマリコッタちゃん、飛び込んで来て!
そう思った私の手前で……あらら、テマリコッタちゃんが急停止してしまいました。
「危ない危ない……私、何日かお風呂に入ってないの……服も着替えていなからヨーコさんの綺麗な服を汚しちゃうとこだったわ」
そう言いながらテマリコッタちゃんは、自分の服をあちこち見回して居るではありませんか。
すると、
近づいて来たクロガンスお爺さんが言いました。
「ワシら、川の水がやっと完全に引いたんでな、数日ぶりに家に帰るところだったんじゃよ」
あぁ、そうか
それでテマリコッタちゃんは……
私は、いまだに服を気にしているテマリコッタちゃんを抱きしめました。
そのまま抱き上げ、その場でクルクル回っていきます。
「ヨーコさん、ダメよ、私汚れてるから」
「あら? そんなことは関係ないわ。あなたは私の大好きなテマリコッタちゃんじゃない」
私は、そういいながらテマリコッタちゃんに頬ずりしました。
テマリコッタちゃんも、すぐに私を抱きしめ返してくれました。
「ヨーコさん、ただいま」
「お帰りなさい、テマリコッタちゃん」
そんな私達を、クロガンスお爺さんは優しい笑顔で見つめていてくれました。
私は2人を家の中にご招待しようとしたのですが、
「いやいや、ワシらは汚れておるから……」
そう言って、どうしても家にはいってくれません。
そこで、私は考えました。
「よかったら、お2人ともお風呂にはいっていきませんか?」
と
「今日も天気がよさそうですから、今からお風呂に入って、その服を洗っておけば、多分お昼には乾きますわ」
「じゃがなヨーコさん……その、服が乾くまでの間、わしゃ裸でおらねばならんではないか」
そう言いながら困った顔のクロガンスお爺さん。
ふふ、大丈夫ですよ。
「クロガンスお爺さんには、私の布団のシーツを体に巻き付けておいてもらおうかと思ってます。
テマリコッタちゃんは、バスタオルでいいかしらね」
私が、そう言うと、
テマリコッタちゃんは、ジッと私を見つめていました。
まるで、私の一言を待っているかのようなひょじょうです。
えっと……なんだろう……
私は、テマリコッタちゃんの顔を見つめながら考えます。
そんな私を、じっと見つめ続けるテマリコッタちゃん。
……あら、ひょっとして
私は、やっと思い当たった言葉をテマリコッタちゃんにかけてみました。
「テマリコッタちゃんは、私と一緒にはいろうか?」
その一言
その一言で、テマリコッタちゃんの顔が満面の笑みに変わりました。
「うん、入る! 一緒に入らせてヨーコさん!」
テマリコッタ、今度は遠慮無く私に抱きついてきました。
私は、そんなテマリコッタを優しく抱きしめていきました。
◇◇
お風呂はまず、クロガンスお爺さんから入ってもらいました。
服を脱いでもらっておいて、後から入った私が、テマリコッタちゃんの服と一緒に洗うつもりです。
私は、お風呂に移動すると、湯船にお湯を張っていきます。
四つ足がついた湯船です。
それがお風呂においてあります。
お風呂は夜明け前に、隅々まで綺麗にしてあります……ふふ、早起きは……って、よくいったものね。
お風呂の準備が出来るまでの間
クロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんには、ベランダのテーブルでまってもらっています。
冷めてしまっていますが、
今朝作ったパンと、淹れ立ての紅茶を頂いてもらっています。
「ヨーコさんのパンって、柔らかくておいしいから大好き!」
テマリコッタちゃんの喜びの声が、お風呂にまで聞こえて来ます。
ふふ、よかった。
でも、今度は温かいパンを食べてもらわないといけないわね。
そんな事をおもっているウチに、お風呂の湯船にお湯が溜まりました。
オトの街で買ったあの魔石のおかげで、しっかり温かいお湯がはれています。
「クロガンスお爺さん、準備出来ましたわ」
私は、お風呂から声をかけていきました。
すると、玄関を開けてクロガンスお爺さんが入ってきます。
「クロガンスお爺さん、ここにシーツと体をふくバスタオルを置いておきますわ。
あと、脱いだ服はこのカゴにいれてくださいな」
私がニッコリ笑ってそう言うと、クロガンスお爺さんは嬉しそうに笑いました。
「いやぁ、実はな、一刻も早くさっぱりしたかったんじゃ……たすかったわい」
私は、そんなクロガンスお爺さんに、ニッコリ笑顔をかえしていきます。
「そうだろうと思いましたわ。ふふ、ごゆっくり」
私はそう言うと、パタンと脱衣所の戸を閉めました。
すると
「ヨーコさん、石けんはないのかの?」
クロガンスお爺さんの困ったような声が聞こえてきました。
あぁ、そっか
私は再度脱衣所の戸を開けると、そのままお風呂の戸もあけていき、
「クロガンスお爺さん、そこの脇にある白い容器、その頭を押してください。
そうしたら、その中から液体の石けんが出てきますわ。
その横の青い容器に入っているのは髪の毛を洗うリンスインシャンプーです、これは……」
と、説明を続けようとする私に、
クロガンスお爺さんは言いました。
「ヨーコさん、一応ワシも男じゃで……」
あら、失礼
私ったら、説明しなきゃと思いすぎて、なんとも思わずにお風呂の中にまで入ってきちゃっていましたわ
少し恥ずかしそうなクロガンスお爺さん
私は口を手で押さえながら、そそくさと扉をしめていきました。
うん、失敗失敗
思わずぺろっと舌を出す私。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます