第25話 夜明け前の朝霧ヨーコさん

 まだ夜明け前の向こうの世界


 今、私は白狐のヨーコとして、ここにいます。


 ……習慣って怖いですね、

 今日はちょっとセンチな気分になってしまったもんですから、この世界に来るのはやめておこう。


 そう思いながら


 本を入れ直したばかりの枕に頭を乗せて目を閉じるんですから……


「……ふぅ」

 何をするでもなく、私はベランダのイスに座って森を眺めていました。


 もう雨はやんでいます。

 この世界にはお月様はないようですね……空には星が爛々と輝いています。


 星明かりで、外が明るく見える……なんだか少し不思議だわ


 私が現実世界で住んでいる世界にはこんな星空、ありませんもの。


 私は、ゆっくりとイスから立ち上がります。

 ベランダを降りると、そこにはデッキが広がっていました。


 そう


 先日、みんなで作った窯付きのオープンキッチンです。


 ふふ

 楽しかったな……


 思いつきで始めたのはいいけれど……いざ初めてみたら、何をどうやっていいのかさっぱりわからない。

 そんな時、たまたま遊びに来てくだっさったクロガンスお爺さんが手伝ってくださって、

 そして、ガークスさんや、ネプラナさん……みんなが手伝ってくださったわ。


 私1人では絶対出来なかった……


 みんなが居てくれたから出来たこのキッチン……


 そうね

 くよくよしてても仕方ないわね。


 私は、ちょっと猫背になってた背中をピンと伸ばして家の中へと入っていきます。


 玄関の所においている魔法灯を灯した私は、それを片手に持つと部屋の中へと入っていきます。


 部屋の中

 その中央にある机へと向かった私は、その上に置いてある紙を1枚手に取ります。


「石窯でのパンの焼き方」


 現実世界で、ネットのページを印刷した物です。

 よし、いっちょやってみますか。


 え~、何々、


【まず窯の中で1時間程度薪を焚いてください】


 ……ぷっ


 ……あはははは


 なんて言うことでしょ……第一歩で躓きましたわ。


 いえね

 窯でパンを焼くのには、焚き火をしないといけないのですが、

 私、焚き火用の薪なんて、現実世界から持って来ていません。


 ですが、周囲は森だらけです。

 普通ならそこから拾ってくればいいのですが……ここ数日の大雨のせいで、地面に落ちている木はどれも湿っていてすぐには使い物にならないでしょう。



 ふふふ


 さぁ、やるぞ! って思った最初の一歩で躓くなんて、

 白狐のヨーコじゃなくて、あはは~、な、朝霧ヨーコさんが全開のようですね。



 なんか、自分の馬鹿さ加減を笑ったら、少しすっきりした気がします。



 出来ないものは仕方がないわけです、それじゃあ家のお掃除でもしましょうかね。

 私は、よっしと腰に手をあてると、魔法灯を片手にまずは台所へと向かっていきました。


 そこでまず目に飛び込んで来たのは、大量の段ボール箱


 ……あぁそうだ……あったわね、こんな物

 今更のように思い出す私も私ですが……これ、全部カップラーメンです。


 

 オトの街の皆さんが、食べる物に困ることがあったらと思ってこっちの世界に持って来ましたけど


 ……さてさて、どうしてものかしら


 え~、ひぃふぅ……全部で6箱ありますね。

 一箱20食ですから……全部で120食ですわね……


 自分で食べるにしては多すぎますし……

 あぁ、もう、今度は台所の第一歩でまたつまずいてますわ


 もう、なんて朝霧ヨーコ全開なんでしょう、今日の白狐のヨーコは



 とりあえず、家の中にある押し入れでは全部入り切りません。

 仕方なく私は、これを元あった台所の片隅へと戻していきます。


 最悪、オトの街の皆さんにお配りして、食べてもらいましょう。


 村の皆さんは56人

 山に住んでいるクロガンスお爺さんとテマリコッタちゃんを合わせて58人。

 

 そうで、1人に2個配れるわね


 まぁ、どちらにしても、またクロガンスお爺さんに馬車で来ていただいて、それに乗せてもらわないことには、オトの村まで持って行くことが出来ません。


 その時は、またお願いさせていただくことにしましょう。



 私は、台所の片隅に片付けたカップラーメンの段ボールを見つめながら、やれやれといった感じでため息をついていきました。



 どうやら、これでとりあえずの失敗は出尽くしたらしく

 そこからは順調に部屋のお掃除を続けていくことが出来ました。


 魔法調理具

 フライパン

 まな板に包丁


 道具も1つづつ磨いていきます。


 

 そんな中、私は台所の窓へ視線を向けていきます。


 ……この間は、ここから流しそうめんもやったのよね

 窯作りのお昼ご飯。


 そうめんを大量に茹でたのはいいけど、そんなに大量のそうめんをいれておく入れ物がなかったのよね


 そういえば、この流しそうめん

 テマリコッタちゃんがすごく気に入っていたのよね……ふふ、またして上げることが出来たらいいな。



 そんなことを考えながら、私は洗い終えたフライパンを片付けて……

 ……そしてもう一度手に取りました 


「……そうね、窯でパンは無理でも、フライパンでなら出来るわよね」

 そう、思い立ったが吉日です。


 何しろ今日は最初に窯でパンを思い立ったのが挫折して、ただでさえ悶々としていたのですもの。


 なんかもう、パン作らないと収まらない感じですわ。



 キッチン下の扉を開けて、そこから材料を取り出していきます。


 薄力粉や砂糖なんかを取り出して……っと


 分量を量ったら端からどさどさボールに入れていき、さぁ、混ぜていきますわよ。


 軽く鼻歌を奏でながら、のんびりこねこねこねこねこねこね


 水を追加してさらにこねていき……さて、こんなもんでしょうか


 フライパンを魔道調理具にかけて熱していって、オリーブオイルを流し込むっと


 さて、適当な形にまとめた生地をフライパンの中に投入していきます。

 フライパンで作るパンですので、今回の生地は発酵させなくてもすむやり方でやったので


 ……って、これで間違ってないわよね?


 今日は2度もつまずいてますからね……ちょっと慎重になってます、うふふ。


 さてさて、適当に千切った生地をフライパンにのせて焼いていきます。


 ……うん、いい匂い



 ほどなくして、第一便が焼き上がりました。

 さ、とりあえず皿に移していきます。


 焼き上がったのは全部で8個


 焼き2回で出来上がりました。


 ……とはいえ、少し多かったかしら?


 ふふ、ま、なんとかなるでしょ

 私は、お湯を沸かすとカップにお湯を入れ、そこに紅茶のティーパックを入れていきます。


 さて


 パンをのせた皿と、ティーパックを入れたばかりのカップをトレーにのせて

 私はベランダへと歩いて行きます。


 気がつくと、山の端が少し白み始めています。


 この世界の今日は、これから始まるところです。


 私はベランダのイスに座ると、まず紅茶に口を付けました。


 ……うん、美味し

 ティーパックですから、誰が作ってもだいたい同じ味になるものですけど、

 こうして、ベランダから夜明け前の空を眺めながら飲むと、少し味がよくなった気がします。


 えぇ、いいじゃないですか。 

 気のせいで


 私は、パンを手にとり、口に運びます……うん、今日のはいい感じ


 これなら誰に食べてもらっても大丈夫……かな?


 そうね……これを食べたら、テマリコッタちゃんはなんて言ってくれるかしら

 そうね……これを食べたら、クロガンスお爺さんはなんて言ってくださるかしら


 私は、もう一度パンを口に運ぶと、森眺めていきます。


 随分明るくなってきた空が、森を少しずつ照らしています。

 朝焼けの雲

 赤とオレンジのコントラスト……まだ空の青は感じられないその空は、天空へ向かうに連れて夜の黒へと混ざり合っていきます。


 見上げれば、そこには、まだ星空の残り物


 見回すだけで、何通りもの表情を見せてくれる空を、私はゆっくり見回していきます。



 ……こうしているウチに、誰かがあの森から遊びにきてくださらないかしら?


 そんな期待を少し胸に


 私は紅茶を口に運んでいきました。

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