第24話 笑顔と、涙の朝霧ヨーコさん

 あの後、私は夕方までオトの街に止まりました。


 集会所に、街の主だった方々と、クロガンスお爺さんやネリメリアお婆さんのようにこのあたりのことをよく知っているお年寄りの方が集まり、定期的に川の様子を見に行っては、その情報を確認しています。


 すでに雨が止んでいたこともあり、川の水位はゆっくり下がっていったそうです。


 土嚢で補修した箇所も無事です。



 私は、心の底から思いました……皆さんのお役に立てて良かった、って



 ……ですが

 街の皆さんの中には、私のことを良く思っていらっしゃらない方もおられました。


 それはそうでしょう。



 いつの間にか空小屋に住んでいた素性の知れない女ですもの。


 そんな私のことを、いきなり無条件に信用しろ、と言われて、全ての人が受け入れられるはずがありません……いえ、むしろその方が安心出来るというものではないでしょうか?



 この街は、かつて無条件に人を信用しすぎて、酷い目にあった歴史があるのですもの……



 少し寂しくは思いますけど……それはこれから、私が街の皆さんとの間に良好な関係を築いていけばいいだけの話だと思っています……だって、私、この世界に来るようになって、まだ半月ほどしか経っていないんですものね。



 しばらくすると、ネリメリアお婆さんが私の元に歩いてきました。

「ヨーコさん、あの土嚢袋だったかね? あれのお金をお支払いするから、いくらかかったか教えてくれないかい?」

 ネリメリアお婆さんは、笑顔でそう言ってくれます。

 その横では、ネプラナさんも、

「あんたがアレ持って来てくれたおかげで、川を応急修理出来たんや、遠慮のう言うてや」

 そう言ってニッコリ笑ってくれます。


 ……ですが


 ……そうですね……うん

 あまり見えたくありませんでしたけど、私の目に見えてしまいました。

 そんなやりとりをしている私達を、どこか疑心案気な目で見つめている街の人々の顔が……


 私は、ネリメリアお婆さんに言いました。

「ネリメリアお婆さん、お金はいりませんわ。あれは知り合いから頂いたものですので、お金はかかっていませんから……」

 その言葉に、ネリメリアお婆さんは眉をしかめました。


 そして、私の視線で何かを察したのか、肩越しに後ろを振り返ります。


 そこに居る街の人達は、

 ある方は横を

 ある方は上を向いていき、

 

 ネリメリアお婆さんと視線を合わせようとしませんでした。


 すると、ネリメリアお婆さんは見るからに肩をいからせながら、その人達の方へズカズカ歩いて行こうとします。

 私はそれを必死に止めました。

「ネリメリアお婆さん、お気持ちだけでいいですから……私は、この村が助かっただけで十分ですから」

 私の言葉に、


 それでもネリメリアお婆さんは、街の皆さんの方へ向かって行こうとされました。

 すると、街の皆さんはすぐにその場からいなくなっていったのです。


 ネリメリアお婆さんは、私の方へ向き直ると、申し訳なさそうに肩を落としました。

「ごめんよヨーコさん。あいつらも悪気はないんだ……ホント、ごめんよ」

 私は、そんなネリメリアお婆さんに言いました。

「いいんです。私は本当に……この街が無事ならそれで……」


 すると、

 このやりとりを横で見てたネプラナさんが、今度は肩をいからせました。

「やっぱむかつく! アタシがちょっと文句言って来たるわ!」


 私は、今度はネプラナさんを引き留めるのに必死になりました。


◇◇


 そんな中

 私は一度家に帰ることにしました。


 建前は、家の様子が心配なので……と

 本音は、そろそろ現実世界に戻る時間だわ、と


 クロガンスお爺さんは、もう少し川の様子が心配なので、街に残るということでしたので、私は歩いて街を後にしました。

「ヨーコさん、帰ったら遊びに行くわ!」

 テマリコッタちゃんが、門のところで私に抱きついてくれました。

「ウチらも、また遊びにいかせてもろてもええかな? 今度は、工事の手伝いやなしに、友達として」

 テマリコッタちゃんの後ろから、ネプラナさんがそう言って笑ってくれています。

「私は、あのパンの作り方を教えてもらいたいわ。是非お願いね」

 その横で、ラテスさんもニッコリ笑ってくれています。


 ガークスさん

 イゴおじさん

 ションギおじさん

 クロガンスお爺さん

 ネリメリアお婆さん


 その後ろには、私を助けてくださった数人の方々の姿も見えました。


 私は、そんな皆さんに深々とお辞儀をしました。

「皆様、わざわざお見送りありがとうございました。また遊びにこさせていただきますね」

 私は、そう言って街を後にしました。


 振り向くと、テマリコッタちゃんが一生懸命てを振ってくれています。

 私は森に入るまで、何度も振り向き、何度もテマリコッタちゃんに手を振りました。

「ヨーコさん、またね~!」

 テマリコッタちゃんは、いつまでも手を振ってくれていました。


◇◇


 その後


 森に入り、しばらく進んだ私は、一度後ろを振り向きました。

 誰も来ていないことを確認すると、目を閉じ、祈りました


……元の世界へ……と



◇◇



 目を開くと、そこは現実世界でした。


 起き上がると、私はまだ手を添え木で固定したままの姿でした。

 ですが……触っても痛みはありません。


 どうやら、向こうの世界で怪我を負えばこちらの私も怪我をしますけど

 向こうの世界で怪我が治れば、こちらの世界でも治る……そんな仕組みのようです。


 ……あ~、でも、今日の病院どうしよう……もう精密検査の予約入ってるのよねぇ。

 職場にも有給休暇の届け出済みだし……


 

 ベッドの上で、私は悶々しながらあれこれ考えていきます。



 ん?


 そんな中、フと気がついたのが、部屋の端。

 そこに、レジの袋が乱雑に転がっています。


 改めてよく見てみると、この寝室、結構すごいことに なってるな……と。


 ……そういえば最近の私って

 家に帰ったら向こうの世界に行くことに夢中になりすぎてて、洗濯くらいしか家のことをしてなかったかも……



 で


 よくありません?


 一度気になると、ついついやらないと気が済まなくなっちゃうっていうの?


 私は、気がついたら一生懸命部屋の掃除をしていました。

 まだ夜明け前。


 自分でも、時折「いったい何やってんの私?」なんて思いながら苦笑します。


 向こうの世界のお家は、いつもぴっかぴかに掃除してるのになぁ


 そう考えたら、なんだか無性におかしくなってきました。


 お風呂も磨き、キッチン周りを洗い終えたところで、目覚まし時計が鳴り始めました。

 はいはい、今止めますよ。


 私は、タオルで手を拭きながら寝室へと移動していき、机の上の目覚まし時計を止めました。


◇◇


 結局、この後の私は病院へ行きました。

 確かに痛みはありません。

 ですが、あの魔法薬? っていうので本当に完全に治っているのかどうか、よくわかりませんので。


 万が一、ただ麻痺してるだけだったりしたら……ねぇ?


 と、いうわけで、夕方までみっちり検査をされた結果。


「……な、なんで完治しているんですか?」

 と、病院の先生が集まって困惑しきりでした、はい。

 救急外来で撮影されたCTと、今日新たにとったCTでは、完全に状態が違っていました。

 MRIも取りましたけど、特に問題なかったそうです。


 え~、まず言います。

 あの薬を作った伝説の魔法使いさん、疑ってごめんなさい!


 で、なんといいますか、病院の先生方が首をひねりまくる中、私は無罪放免解放されて帰宅しました。



 ……なんか、病院の検査って、ホント長いですよね……



◇◇


 帰宅した私は、久々にロング缶を1本買って帰りました。


 やっぱあれです……街での出来事が、少し胸にひっかかっていました。


 そんなにすぐに、信用してもらえるはずがないじゃない。

 私も、それで納得したじゃない。

 

 グビッと飲んでも……あはは、なんか今日は全然酔える気がしませんね。



 私は寝室に移動すると、枕から本を取り出しました。


 ページをめくると


 ……あらやだ

 私が道から落下する絵まで加わっているわ。


 雨の中、土嚢袋を作っている私達の絵


 みんなで図面を眺めている絵



 そして……


 街の入り口で、みんなで笑っている絵



 そこにいるみんなは、口を大きく開けて笑っています。

 みんな、みんな笑っています。


 ……なんだろう、目から涙が溢れてきます。

 


 私は、本を抱きしめたまま、その場にしばらく立ち尽くしていました。


 ずっとずっと涙を流しながら。

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