第23話 大雨と朝霧ヨーコさん その8
今、私は病院にいます。
あのですね……現実世界に戻って散々落ち込んだあと、ベッドから起き上がろうとしたんです。
無意識に左腕をついて。
あれですね……人って痛すぎると言葉が出ないんですね。
そうでした腕を怪我してたんだ私
向こうの世界の怪我だから、どこか変な感じですけど、魔女魔法出版からのお手紙にも書いてありました。
『異世界のあなたが重傷以上の怪我を負った場合、現世界のあなたの体も同程度のダメージを負う場合があります』
「場合がある」ってなっているんですから、例外に当てはめてくれてもいいのに、と、私は天井を仰ぎながら思っていました、はい。
この痛みはやばい……と言いますか、右手で左腕を触ってみると、感覚がなんかおかしいです……どこか鈍いと言いますか……
とにかく、医者に行かないと。
外を見ると、まだ夜明け前です。
そりゃそうですよね……今日の私は、向こうの世界がまだ明るいうちに帰って来ちゃいましたから。
となると困りました。
私の街には夜間救急外来をやっている病院がありません。
いくなら隣町まで行く必要があります。
ここで車もバイクも持っていない私に、究極の選択が突きつけられました。
救急車を呼ぶか
タクシーを呼ぶか
……まぁ、タクシーを呼びましたけどね。
で、まだ暗い夜道をタクシーで病院に向かいます。
腕が痛いので、あまり話をしたくなかったのですが、運転手のおじさんが寡黙な方だったので助かりました。
夜間救急外来のある、ここ久我崎医療福祉大学付属病院っていう救急ヘリまで常備している病院。
ここに駆け込んだ私は、すぐにレントゲン撮影へ、そして
「折れてるね」
先生がそう言ったから
今日は私のギプス記念日
とでもいいますか……はい、折れていました。
しかも、先生によると、神経に傷が入っている可能性が高いのでCTもとりましょう、と。
こういうとき、大きい病院はいいですね。
夜間救急外来なのに、すぐCTまでとってもらえました。
その結果、
「そうですね……ここの神経が断裂していますので、修復手術を……」
なんと言いますか……やっちゃったなぁ……って気持ちでいっぱいです。
結局その後
もう一度精密検査を受けることになった私は、添え木で左腕を固定して、それを三角巾で首から吊り下げて帰宅の途につきました。
なんか、やっちゃったなぁ、感が、さらにドン、なわけです、はい。
帰りに呼んだタクシーの運転手さん、開口一番
「お姉さん、骨折かい? 大変だねぇ」
と、往路とは打って変わって饒舌な運転手さんが私の中のやっちゃったなぁ、感をさらに押し上げまくってくれます。
家に帰り着いた私の中の、やっちゃったなぁ、感は、もう、完全にゲージを振り切っていましたとも。
そんな私が家に帰ると、けたたましい目覚まし音が私を出迎えてくれました。
あぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、切っていくのを忘れてました。
私は家に入ると慌てて目覚ましを切ります。
しかし……どうしたもんかなぁ……下手したら明後日から手術で入院かぁ
とりあえ、今日少しでも仕事を進めておかないと……
そう思いながら支度して、出勤した私を
「そんな状態で出勤しなくていいから」
と、上司が押し返します。
いや、右手は動きますし、大丈夫ですよぉ、あはは
「そんな状態の人を働かせてるってだけで、来客者の心証よくないから……うち、接客業だからね」
上司の言葉に、妙に納得。
あ~、うん、そうか、そういうもんか……
どうにか仕事を少しでも……と思った私は、自己嫌悪にいたりながら、とぼとぼ帰宅しました。
なんか、友達が「大きな怪我したときって、すっごく自分を責めたくなるんだよねぇ」って昔言ってた。
その時は全然意味がわかんなかったけど、今の私にはすっごくよくわかる、うん……
ほんと、やっちゃったなぁ、感満載です。
不思議な物で
向こうの世界で怪我をしたもんだからでしょう……
向こうの世界に行くことが、どこか悪いことに思えています。
せっかく早く帰ったんだし
再検査は明日だし
いっそ今からもう一回向こうの世界に……
そう思っている私以上に
「どこでその怪我したのよ! 会社休んで、またその世界に行く気なの?」
……なんか、そう言って自分を責めてる自分がいます。
……だよねぇ
私はベッドに座って、まだやっちゃったなぁ、感を増やしています。
膝の上に枕を乗せて、ぼ~っと壁を眺めます。
……みんな、大丈夫かなぁ
……クロガンスお爺さん、大丈夫かなぁ
……テマリコッタちゃん、心配してるだろうなぁ
なんであそこで目を閉じて現実世界のことなんか考えちゃったんだろう……
あ~……テマリコッタの目の前のベッド
あそこにピンポイントでもう一回現れることが出来たらなぁ……
あ、でも、逆にびっくりさせちゃうかな
消えた私が、また出てきたら……
……それでも会いたい……今すぐ
◇◇
「ヨーコさん!? いた!!」
「はい?」
私は、自分を呼ぶ声に思わず目をひら……って、あれ? ここは……
呆然としている私に
いきなりテマリコッタちゃんが抱きついてきました。
って、え?
何ですか?
ここ、オトの街の集会所?
私、ここに出てきちゃったの?
なんかもう、頭のなかが「?」マークだらけの私の顔の前に、テマリコッタちゃんが自分の顔を寄せてきました。
「ヨーコさん! 勝手にいなくならないで! 私すごく心配したんだから」
テマリコッタ、私の前で腕組みをして怒り顔をしています。
でも、その目からはいっぱいの涙が溢れています。
あぁ……やっぱり心配をかけていたのね……
「本当にごめんなさい、テマリコッタちゃん……私にもうまく制御が出来なくて……」
私が思わずそう呟きながら、テマリコッタちゃんを抱きしめると、テマリコッタちゃんは私をギュッと抱きしめてくれます。
「わかったわヨーコさん、あの家に帰る魔法がうまく使えなかったのね?
それはそうよね、そんなにひどい怪我をした……って、あれ?」
テマリコッタちゃんは、さらに唖然としています。
あら? どうしたのかしら?
私は、自分の姿を改めて見返して見ますと……あらいやだ、私、腕を添え木で固定して、三角巾で首から釣っています。
病院から帰ってきた姿のまま、ここに戻ってきたようです。
「ヨーコさん、それ、誰かが治療してくれたのかしら?」
怪訝そうな顔で、そう尋ねてくるテマリコッタに、私はどう応えた物かと思いながら困惑していました。
すると
「あぁヨーコさん、戻ったんだね」
部屋にネリメリアお婆さんが入って来ました。
ネリメリアお婆さんは、私の側に近寄ると、私をギュッと抱きしめてくれました。
「生きててよかったよ……あんたが怪我したって聞いて、心臓がとまるかと思ったよ」
そう言いながら、しっかりと私を抱きしめてくれるネリメリアお婆さん……ごめんなさいね、本当に心配をかけてしまって……
ひとしきり私を抱きしめてくれたネリメリアお婆さん。
おもむろにポケットから何かを取り出しました。
瓶です。
不思議な形をした小瓶です。
「ヨーコさん、これはね、伝説の魔女が作った万能の飲み薬だよ。骨の怪我にも効くって聞いてる……さぁ、試しに飲んでみておくれ」
伝説の魔女と聞いて、私の頭の中には、ぼさぼさ神で鍵鼻で、腰の曲がったお婆さんの姿が浮かんできたんですけど……実際はどんな人なんでしょう……
でも、あれですよ……骨折に効く飲み薬なんてあるのかしら……
私は、不思議に思いながらも、
その瓶を開け、中の液体を一息に飲み干しました。
……なんというか……見事に無味無臭です。
味も、匂いもありません。
こんな飲み薬ホントに効くのかしら……私、明日には手術を受けるんだし……
そう思いながら、私は右手で左腕を触りました。
あれ?
もう一度触ります。
うそ?
私は、左腕の添え木を外して左肘を思い切り曲げました。
……痛くありません!?
え? うそ!?
私がびっくりしたような顔をしていると、ネリメリアお婆さんは安堵した表情を浮かべていました。
「いや、効いてよかったよ。何しろその魔法薬ってね、偽物が多く出回るほどの品物なんでね……少し心配したけど……ホント良かった」
ネリメリアお婆さんは、そう言うと、再び私を抱きしめてくれました。
私も、ネリメリアお婆さんを抱きしめます。
今度は、左腕を使って両腕でしっかりと。
ネリメリアお婆さんよると
私が追加で持って来た土嚢袋のおかげで、川の臨時工事は無事全箇所で終了したそうです。
「雨も止んだし……これでもう大丈夫なはずさ」
ネリメリアお婆さんは、そう言いながら窓の外を見つめます。
その先にある窓には、まだ雨の水滴がいっぱいついています。
でも、その向こうの外には、もう雨は降っていませんでした。
その光景に、私は思わず安堵の息をもらしていきました。
「そういえばヨーコさん」
私の前にやってきたテマリコッタが、私の前で小首をかしげています。
「クロガンスお爺様が不思議がっていたのだけれど……ヨーコさんは、2度目に土嚢袋を持って来たとき、なんで魔法袋を使わなかったの? 土嚢袋を魔法袋に入れて運んでいれば、あんなに苦労しなくてよかったんじゃないかって……」
……
……
……あぁ!?
テマリコッタちゃんのその一言で、私は思わず立ち上がりました。
そうですよ
なんで私、カートでもって行かなきゃっておもったのかしら……
あのときの私の頭の中には
『この土嚢袋を、一刻も早くオトの街に届けないと』
その気持ちしかありませんでした。
魔法袋のことをすっかり忘れていたのです。
私は、苦笑しながら後頭部に手をあてがいました。
もう、笑うしかわりません。
そんな私を見つめながら、テマリコッタちゃんもびっくり仰天しています。
「まぁ、ヨーコさんでもそんな大失敗をしちゃうのね」
テマリコッタちゃんは、そう言うとアハハと声をあげて笑います。
「おやおや、しっかりしたお嬢さんさと思ってたけど、結構抜けてもいるんだね」
ネリメリアお婆さんも、少し意地悪にいいながら笑っています。
その笑い声は、いつしか部屋から集会所の中へ、
そして、その外へと、
この周辺に集まっているみんなへと伝わっていきました。
雨の止んだオトの街
まだ夜中にもかかわらず、その街中を笑い声が包んでいきました。
雨は、もう降っていません。
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