第21話 大雨と朝霧ヨーコさん その6

 魔女魔法出版の警告期間の3日目の朝です、おはようございます。

 さっきまでいた、夢の世界の向こうの世界は一日中ずっと雨でした。

 打って変わって、こっちの世界は今日も快晴です。


 まだ出勤前だと言うのに、窓には火の日の光が降り注いでいます。

 30半ばの肌に優しくない日の光ださんさんです、えぇ、そりゃあもう……


 私は、年相応の朝の用意を調えます。

 主にUVケアと対策……えぇ、今の私にかかすべからざる必須項目です。


 準備をしている私の前

 卓上鏡の前には、魔女魔法出版の手紙と地図を置いています。


 私がこっちの世界に戻ってきているということは、向こうの世界は今は夜です。


 ……クロガンスお爺さん達は、今の作業を続けているのでしょうか……

 ……作業に向かった皆さんは、無事現場にたどり着いたのでしょうか……

 ……テマリコッタちゃんは、ちゃんと眠れているのでしょうか……


 化粧をしながら、いろんなことが頭の中をグルグルまわっています。



 いつの間にか化粧の手が止まっていました。



 いけないけない……



 化粧を慌てて終えると、私は家を出ました。



◇◇


 今日の仕事はかなりはかどりました。


 いえね、

 気になっていることがある時って、2種類あったりしません?


 そのことが気になって手につかない時

 それと

 現実逃避して一心不乱にやっちゃう時


 今日の私は、完全に現実逃避モード全開でした。

 まぁ、あれです。

 お盆のお休みの週に入っていることもあって、社員が半分しか出勤していないのもあって、雑用が極端に少なかったのと、あと取引先も軒並みお休みになってる関係で、問い合わせ電話や来客もほとんどなかったおかげっていうのもありますね。


 なので、今日は定時きっかりにタイムカードを処理して職場を駆け出した私。


 そりゃそうです。

 仕事中は現実逃避出来ますけど、今からの私は、今の私にとってもうひとつの現実ともいえる世界にいかなきゃならないのですから。


 家に帰る途中、ホームセンターへと駆け込んだ私

 昨日クロガンスお爺さんにお願いされた土嚢袋を買うためです。


 とはいえ、土嚢袋の善し悪しなんてわかりません。

 っていいますか、普通の30代OLさんで、

「あ、私土嚢袋博士なんで、何でも聞いて」

 なんて言う人、います? 

 いたら、今すぐ私の友達になっていただきます。拒否権は与えません。


 先日はネットで買ったもんだから、ホームセンターの売り場で土嚢袋を見るのは初めてです。

 っていいますか、ネットほどじゃないですけど、やっぱり結構な種類がありました。


 ただ、私の選択基準は決まっています。


『安くて、1枚でも枚数が多い物』


 ……だからですね、土嚢袋博士の友人が出来たら考え直しますけど、今の私にはこの選択肢しか与えられていないわけなので、おとなしくそれに従います。


 とりあえず、この一番安いのを……って、重っ


◇◇


 マイ折りたたみカートを広げて購入した土嚢袋1000枚をガラガラ引っ張って帰宅した私は、汗だくになりながらこの土嚢袋を5階の自室に運び上げました。


 ……気のせいか、階段を荷物を持って上がってくるのが少し苦にならなくなってきた気がしないでもありません……気持ち、二の腕も引き締まったような……少し確認を



 ふに



 ……気のせいだったようです。



 さて、若干落ち込みながた、土嚢袋をベッドに乗せた私。

 すぐにシャワーを浴びると、髪を乾かし、お肌の手入れをしていざ、ベッドの上へ。


 そういえば最近、家で晩ご飯食べてないなぁ……と思いながらも横になり、目を閉じました。


◇◇

 

 まだ目を開けていませんが、耳に激しい雨音が聞こえてきます。


 ゆっくり目を開けると、目の前には、木の屋根が見えます。

 ……うん、無事にたどり着けた。


 そう考えた私は、ここでハッとなりました。



 木の屋根……って事は、私の家!?


 

 私はベッドから跳ね起きました。

 そこは、紛れもなく、この世界での私の家の中です。


 私は呆然としました。

 っていうか、なんでこんな当たり前のことを考えていなかったのでしょう……



 私がこの世界にやって来るときは、私の家の中に出現します。

 これは、現実世界の戻る際に、どこで消えたのか、は、関係ありません。


 以前、クロガンスお爺さんの家の前で現実世界に戻った際にも

 翌日、この世界にやって来た私は、家のベッドで目を覚ましたのですから……



 私の横には、土嚢袋の束があります。


 私は、これを一人で運ばないと行けないのです……山向こうの街までです。


 とにかく、私は土嚢袋を肩に担いでみました。

「ふぬ!?」

 すさまじい重量が主に私の腰を襲ってきます。


 フラフラふらついた私は、そのままベッドに倒れ込みました。


 薄手の毛布と枕が派手に宙に舞っています。


 ……いくらこっちの世界では白狐のお姉さんだからといって、女性なのには変わりがありません。

 力はそこまで強くありません。


 昨日、土嚢袋を運ぼうとしたときに、わかっていたことなのに


 私は、ベッドに座ったまま顔を両手で覆いました。

 

 ……あぁ、こんなことなら、昨日現実世界に戻る前に、夜明け頃に誰か手助けに来てくれるようにお願いしておけば良かったわ


 そうは思うのですが、すべて後の祭りです。


 私は、呆然としながら、改めて土嚢袋へ視線を向けました。


……あれ?


 なんでしょう?

 よく見たら、土嚢袋の向こうに何かあります。


 おかしいな……今日は土嚢袋しか、こっちの世界に持って来ていないはずなのに……


 私は、その何かに手を伸ばしまいた。

 それを、持ち上げると



 そこに、折りたたみ式カートがありました。



 なんということでしょうか……

 ホームセンターから家まで運んだ際の運搬に使用したこの折りたたみ式カート。

 私は、土嚢袋をベッドの上に置く際に、無意識にこれも置いてしまっていたようです。



 これで運べるわ!



 私は、ぱぁっと顔を輝かせると、早速準備に取りかかります 

 まず作業着に着替え、カッパを着込みます。

 よく見ると、昨日来ていた泥だらけの服がお風呂に転がっています。


 とりあえず、洗濯板を使うのに使用しているタライに水を入れて、その中につけておこうと思い、水道の蛇口をひねった私。


 ですが……蛇口から出てきた水が茶色でした。

 そういえば、以前クロガンスお爺さんが言っていました。

 この家の水は近くの沢の水を引いているようだ、と


 おそらく、この雨で、その沢の水も濁っているのでしょう。


 私は、服の作業を諦めると、土嚢袋を家の前に運び出し、そこでカートにくくりつけていきます。

 ついさっき、このカートに、この土嚢袋をくくりつけて帰ってきたのですから、手慣れたものですよ。


 私は、紐の状態を確認すると、スックと立ち上がりました。


 かなり早い時間に現実世界で眠りについたため、まだ外は真っ暗です。

 でも、そんなことなど言っていられません。


 私は、カートを両手で引っ張りながら走り出しました。


 すでに本降りとなっている雨の中を、オトの村に向かって。



◇◇


 夜が明けて、どれくらいたったでしょう……正直よくわかりません。




 私は、ひたすら走りました。

 土砂降りの中を、オトの村に向かって必死に走りました。


 山に着くまでに、すでに息があがっていました。

 カッパの中が汗だくですごく気持ちが悪いです。


 でも


 そんなことを言っていられません。


 私はひたすらカートを引っ張り山の中へと入っていきました。

 山道は、比較的開けているので、暗闇に慣れてきていた私の目でなら、割とよくわかります。


 そのまま、ひたすら山道を走りました。


 何度も息苦しくなりました。

 でも止まりません。

 何度も目の前がちらつきました。

 でも止まりません。


 クロガンスお爺さん


 ガークスさん


 ネリメリアお婆さん


 ネプラナさん


 待っててください……今行きますから


 

 その時、私の足元が……いきなり崩れたんです……



 


 夜が明けて、どれくらいたったでしょう……正直よくわかりません。





 私は、崖の下で、倒れていたんです

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