第20話 大雨と朝霧ヨーコさん その5

 いまだに止む気配のない雨の中。


 クロガンスお爺さんをはじめとする私達は、土嚢袋を作っていました。


 私が現実世界から持って来て、魔法袋に入れておいた土嚢袋。

 400枚セットが5セットあります。


 ……1セット約2万円でした……正直言えば少し痛い出費ですけど、そんなこと言ってられません。

 ……でも、事が済んだら、言ってる気がしますけど、それくらい許してください。



 オトノン川の流れが急激に曲がっている、ここ。

 30年前の大雨の際に決壊したこの場所は、私達の目の前で、徐々に削られています。


「ヨーコさん、これに土を詰めればいいんじゃな?」

「はいそうです!」

 私が一緒に持って来ていた農具を使い、皆さんが土嚢袋に土を詰めていきます。


 ここには、今


 クロガンスお爺さん

 ガークスさん

 ネプラナさん

 イゴさん

 ネリメリアお婆さん 


 そして、私の、合計6人しかいません。


「ヨーコさん、これはどうやって使うもんなんだい?」

 土嚢袋を初めて目にするらしいネリメリアお婆さんも、土が詰まった土嚢袋を見つめながら目を丸くしています。



 その言葉で、私は手を止めました。



 ……そ、そういえば……これ、どうやって使えば良いのかしら


 私が返事に窮していると、

 クロガンスお爺さんが出来上がった土嚢袋を1つ抱えてオトノン川の脇へと進んで行きます。


 その崩壊が続いている部分をしばしの間見つめていたクロガンスお爺さん。

「とりあえずそこに突っ込もう。土を入れただけなら流されちまうが、この袋入りの土ならそこに止まるやもしれん」

 そう言うと、肩に担いでいる土嚢袋を放り投げます。


 どっぽ~ん


 大きな音と共に水中に沈んでいく土嚢袋。

 水が土で濁っているため、その場に止まっているのかどうか、まったく検討がつきません。


……でも、やるしかないわ


 私も、土嚢袋をよっこらせっと担ぎあげると

「き、きゃあ!?」

 おもいっきり後方に倒れました。


 ……ど、土嚢袋って、こんなに重たいんだ


 私は、背中一面をぐっしょり濡らしながら、慌てて立ち上がります。

「大丈夫かい、ヨーコさん。無理に力仕事まですることはないんだよ」

 ネリメリアお婆さんが優しく声をかけてくれます。


 でも


「ありがとう、ネリメリアお婆さん。次は気をつけるわ」

 私はそう言うと、今度は土嚢袋を体の前で持ち上げました。

 両手で持ち上げ、背をそらし、よいしょよいしょと川辺へ持って行きます。


 とにかく慎重に


 ここでさっきみたいにこけてしまったら、川にドボンです。


 私は、先ほどのクロガンスお爺さんのように、川に土嚢袋を放り投げ


 ……ませんよ


 ついさっき、クロガンスお爺さんの真似をして、土嚢袋を肩にかつごうとしてこけたばかりですからね。

 私は、とにかく川に近づき、手に持っていた土嚢袋をゆっくり水の中へと落としていきました。

 土嚢袋は、音も無く濁った水の中へと消えていきました。


 たった1個

 やっとの思いで水に沈めた、このたった1個の土嚢袋。


 ですが、この1個の土嚢袋を沈めることが出来たことで、私は自信がわいてきました。


……やろう、やるしかない


 すでに体中がドロまみれの私。

「ヨーコさん、美人さんが台無しやなぁ」

 ネプラナさんが、そう言って笑いかけてくれます。


 その口調には「がんばれ」という、暖かな響きが混じっています。

 ありがとうネプラナさん。


 ほどなくして、


 クロガンスお爺さん

 ガークスさん

 ネプラナさんが、土嚢袋を詰め


 私と、イゴおじさんがそれを川に沈めていく


 分担での作業が始まっていきました。



 ネリメリアお婆さんは、30年前に崩壊したもう1箇所を確認に行っています。



 相変わらず雨が降り続いています。

 川の流れも、気のせいか徐々に水量が増している気がしてなりません。


 そんな中

 私とイゴおじさんが集中して土嚢を沈め続けていた場所に、ついに変化が現れました。


「おい、こりゃいけるぞ」

 イゴさんが声を上げました。 

 土嚢袋を作っていたみんなは、その手を止めてイゴさんの元へ駆け寄っていきます。

 そんなみんなの前で、イゴさんは嬉しそうに微笑みながら、水の中を指さしました。

「みろ! 沈め続けた土嚢袋が、ついに顔を見せたぞ! 土嚢袋は流されてない。

 ここに土嚢袋をぶちこんでいけば、ここが崩壊するのを食い止められるぞ!」

 イゴおじさんの言葉に、クロガンスお爺さんは、腕組みしながらウンウンと頷いています。

「イゴの言う通りじゃ……よし、この方法が有効とわかったなら善は急げじゃ」

 そう言うと、クロガンスお爺さんは私へ視線を向けました。

「ヨーコさん、すまんがすぐ街に戻って、若い連中にここに来るよう伝えてくれ。土を掘る道具を持ってくるようにも伝えるんじゃぞ」

 クロガンスお爺さんの言葉に、私は真剣な顔で頷きます。

「わかりました、すぐに行ってきます」

 私はそう言うと、街の方へ向かって駆け出そうとしました。

「あぁ、ヨーコさん、もうひとつお願いがある」

 そんな私を、クロガンスお爺さんが再度呼び止めました。

「申し訳ないんじゃが……この土嚢袋とやらを念のためにもう少し補充してきてはくれんかね?

 これだけあれば十分たりそうな気もするんじゃが……多くあるにこしたことはないからな」

「お金は、あとで街から支払うよう手続きしますから、ご安心ください」

 クロガンスお爺さんの言葉に、ガークスさんも笑顔で言葉を続けてくださるのですが……


 えっと、この世界のお金ではなくて……出来たら諭吉さんだとうれしいなぁ


 喉まで出かかってた言葉を飲み込んだ私は、2人にニッコリ微笑みます。

「了解しました。では村の若い方々を呼びに行きましたら、その足で土嚢袋を調達に行ってまいります……遅くても明日の朝までには戻ります」

 私は、そう言うと、村に向かって駆け出しました。


 厚い雨雲のせいで、時間の感覚が麻痺していたのですが、

 こうして森の中を走っていると、すでに周囲は宵闇に包まれ始めているのに気がつきました。


 そろそろ目覚めないと、向こうの世界では夜が開け、お仕事の時間が来てしまいます。

 ……このままこの世界に止まっていたら、無断欠勤からの捜索願を出されかねません……それはまずい



 私は、結果的に、元の世界に戻る口実を作れたことに、少し安堵していました。

 街の若い方々に声をしたら、土嚢袋を取りに行ってくることにして、元の世界に戻れます。


 ……よく考えたら、元の世界で土嚢袋を買いにいくわけですから、嘘は言ってないわけです。


 ……ですが、この世界で、必死に作業を続けている皆さんを残して元の世界に戻ることに、すごい罪悪感を感じてしまいます。



 降り続く雨の中

 転ばないように道を急いでいた私は、ようやく街へとたどり着きました。


 

 罪悪感は、どうしても消えませんが、とにかくクロガンスお爺さんに頼まれたお仕事をこなさないといけません。


 私は街に入るなり、両手を口にあてて大声をあげていきます。

「皆さん、オトノン川で今、クロガンスお爺さん達が決壊防止作業を行っています。若い方は土を掘れる道具を持ってオトノン川へ向かってください」

 私は、街の道を小走りに進みながら声を張り上げ続けます。


 すると、そんな私に気がついた数人の方々が駆け寄って来ました。

「川が決壊しそうなのか?」

 心配そうな表情で、その方は私に問いかけました。


 私は、その方に大きく頷きました。

 そして言葉を続けました。

「確かに決壊しそうです……ですが、クロガンスお爺さん達の作業が進めば、間違いなく決壊を防ぐことが出来ますわ」

 私は、そう言うと、その方をまっすぐ見つめました。


 その方は、しばらく私の目を見つめていたのですが、

「よ、よしわかった。人手がいるんだな、まかせろ」

 頷きながらそう言うと

「おい、人手だ。お前も若いヤツがいる家に声をかけにいかねぇか」

 横に、一緒に駆け寄って来ていた方に向かって、そう声を荒げていきます。


 その後、私の周囲に集まってきた数人の方々は、

 若い人が住んでいる家を個別に回り、声をかけて回ってくださいます。


 ほどなくして、

 あちらこちらの家から、雨具を着込み、手に農具らしい道具を抱えた方々が姿を見せ始めます。

 皆さん、雨の中、小走り道を進んで行き、どんどん森へと進んで行きます。


 なんでしょう


 私には、その行列が、ものすごく頼もしい……尊い物に見えました。

 私は、その列に向かって無意識のうちに両手を合わせて、目を閉じていました。


 

 ……いけない、早くどこかに隠れて、元の世界に戻らないと……土嚢袋を買いに戻らないと



 私は、そう思いながら、



◇◇


 ……ハッと目を見開くと……ここは、私の、この世界での部屋でした。



 ……またやっちゃった


 以前、テマリコッタちゃんの目の前で元の世界に戻ってしまい、テマリコッタちゃんとクロガンスお爺さんにびっくりされた事がある私ですが。


 先ほどの私も、きっとみんながオトノン川へ向かっている列の横で、不意に消え去ったことでしょう……



 私は、ベッドの上に四つん這い状態になり、しばらくず~んと落ち込んでいました。


 そんな中、目覚まし時計が鳴り始めます。



 向こうの世界とは打って変わって、

 こっちの世界は今日も好天らしく、カーテンの隙間からは、すでに日差しが差し込んでいました。

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