第19話 大雨と朝霧ヨーコさん その4

 魔女魔法出版の警告期間は1週間

 その2日目


 オトの街には雨が降り注いでいます。


 山間の窪地に位置するオトの街から避難しようとした場合、南へ抜ける崖沿いの道を通り高台へ抜けるしか道がなかったそうです。


 ですが……その道が昨夜の大雨で損壊し通れなくなっています……



 オトの街の住人の数は56人

 そのうちの40人が高齢者です。


 村の北にある、私の家や、クロガンスお爺さんの家は、やや高所にあるため川が氾濫しても被害を免れることが出来そうですが、2人の小さな木の家で受け入れる事が出来る人数といえば20人くらい……しかも、そんなに入ったら横になるスペースなんてありません。


 窓の外の雨は、少しずつ強さを増しているような気がします……


 そんな中

 集会所に入れなかった皆さんは、傘やカッパを着込んで、この雨の中を集会所の入り口付近を中心にして集まっています。



 そんな皆さんを見つめながら、私は現実世界に戻って、テントを買って持って来たら……そうも考えました……ですが、もし万が一、ひどい風が吹き始めたら……


 クロガンスお爺さんも

「この一帯は山間になっておるから、悪天候の際は風も強くなるでなぁ」

 先ほどそう呟いていただけに、そこまで踏み切れずにいます。


 

 困惑し続けている私。



 集会所に到着したクロガンスお爺さんと私は、出迎えてくれたガークスさん達と一緒に集会所の中へと入っていきました。

 街の人が全員入れるほど広くはありません……20人が立ってはいれば、もういっぱいです。


 ネリメリアお婆さんが、テマリコッタちゃんにも中に入るよう即してくださいました、

 私も、側に来るよう手をさしのべます。


 ですが、テマリコッタちゃんは首を左右に振り、同じく外で待っているラテスさんの側へと歩み寄っていきました。

 そんなテマリコッタちゃんに、ラテスさんはニッコリ笑顔で手を差し出してくれました。

 雨の中、手をつないで立つ2人。


 テマリコッタちゃんは、集会所の中に入っても話合いの役には立たないとわかっていたら……だから自ら入ることを拒んだのでしょう……本当に、いい子です。

 


 集会所の中


 クロガンスお爺さんをはじめ、

 ガークスさんや、ネリメリアお婆さんといった、このあたり一帯の地理地形に詳しい人達は、集会所の中に入ると早速地図を見ながら相談を始めています。

 

 雨で外が薄暗いため、室内には魔法灯が灯されています。

 ですが、私も家で使っているのでよくわかるのですが……魔法灯のあかりは非常に暗いです。

 1つが、現実世界で言うところの豆電球くらいの灯りといえばいいでしょうか……

 そんな灯りの中、皆、必死になって地図をのぞき込んでいます。


 そんな中

 地図をじっと見つめ続けていたクロガンスお爺さんが口を開きました。

「ワシの記憶では……30年前の大雨で、川が決壊したのは、こことここ、そしてここのはずじゃ」

 クロガンスお爺さんは、30年前の地図の中の3箇所を、その指で押していきました。


 それを横で見ていたネリメリアお婆さんも、大きく頷いています。


 クロガンスお爺さんが指で押した場所を確認したガークスさん。


 ……すると、その場で腕組みをして眉をしかめています。

 どうしたのでしょうか……


「……クロガンスさん、この3箇所のうち、改修工事が終わっているのは1箇所だけです。

 あとの2箇所は、今、どうなっているのかもわかりません……」


 その言葉に、私は思わず目を見開きました。

 周囲の皆さんからも、驚きとも落胆ともとれない、微妙な声があがります。

 

 クロガンスお爺さんは、ガークスさんの言葉を聞くと、しばらく無言のまま……じっと地図を見つめ続けています。


 そんな中、ネリメリアお婆さんが立ち上がりました。

「ちょっとお待ち。ガークスよ、そりゃおかしくないか?」

 そう言うと、ネリメリアお婆さんは地図の1箇所……ガークスさんが手つかずと言われた箇所の1つを指さしていきます。

「お前さん、2箇所が手つかずだって言ったけどさ……確か、こっちの箇所の改修には王都の施工許可承認が降りて予算がついたんじゃなかったかい?」

 そう言い終えると、大きく息を吐いていくネリメリアお婆さん。

 そんなネリメリアお婆さんに、ガークスさんはさらに眉をしかめて、頭をかいていきます。

「予算はついたんです……でもね、いまだにお金が届かないんですよ……」


 ガークスさんの言葉に、その周囲のみんなが大きなため息をついて肩をすくめます。


 ネリメリアお婆さんも、思わず天井を見上げています。

「まったく、王都ってのはこれだから……」

 


 ……私もまったく同意見

 お役所ってのがどうしてこうなんでしょうね……

 どこの世界でも、似なくていい、こんなとこだけは一緒なんだ


 私は、そんなことを考えながら、周囲の皆さんより1回多くため息をついていきました。


 皆が、ため息を出し切ったあたりで、

 ジッと地図を見て考え込んでいたクロガンスお爺さんが、その顔を上げました。

「とにかく、ここで悩んでいても仕方あるまい。この改修が出来ていない箇所を見に行こうではないか。あと、南の道が崩壊したとこも、もう一度確認しよう……」

 クロガンスお爺さんは、周囲を見回しながら、ゆっくり丁寧に皆さんへ語りかけていきます。

 その言葉を、皆さんも真剣に聞き、そして頷いています。


 いえ


 頷くしかなかった、と言った方が正しかったかもしれません……

 だって、他に出来ることなんて、ありませんから……


◇◇


 集会所に集まっている皆さんは、ここで一度解散することになりました。


 集会所の中に入れない半分以上の方が、雨の中、今も傘やカッパ姿で待つことを強要されています。

 そんな人達に、川と崖の道の調査が終わるまでそのまま待っていてくださいとは、さすがに言えません。


 お年寄りも、とても多いのですから……


 皆さんには、調査隊が戻ってくるまで、それぞれの家で待ってもらった方がいいだろう。

 クロガンスお爺さんとネリメリアお婆さんの判断でした。


 ネリメリアお婆さんが、この話を皆さんにすると、

 集会所の外で待っていてくださった皆さんは、即座に家路についていきます。


……ホントにこのまま雨が降り続くのかねぇ


……川が氾濫ってのも、ほんとなのか?


 家路につく街の人の中からは、ちらほらですが、そんな声も漏れ聞こえてきます。


 不思議と私は、その言葉を聞いても

 何で信じてくれないの、といった、そんな気持ちにはなりませんでした。


 むしろそうあってほしい……そうなってほしい……心の底からそう思っていました。



 いまだに降りしきる雨の中

 私は、家路を急ぐ皆さんの背中を、ただ見送り続けていました。


◇◇


 川の様子を確認するため、クロガンスお爺さんを隊長にした調査隊が編制されました。


 メンバーは、


 クロガンスお爺さん

 ネリメリアお婆さん

 ガークスさん

 ネプラナさん

 イゴさん

 そして私です


 クロガンスお爺さんとネリメリアお婆さんは、30年前のことをご存じですので実際に自分の目で見て確かめたいとのことでした。


 ネリメリアお婆さんが同行することに、クロガンスお爺さんは最初いい顔をしませんでした。

「ワシだけで十分じゃ。第一危険じゃし、お前は家で待っておれ」

 そう言うクロガンスお爺さんなのですが、ネリメリアお婆さんは一歩も引きません。

「お前だけにまかせておけるかい! 私もしっかり確認するよ。返事は聞かないからね」

 そう言うと、さっさと準備をして真っ先に山へ向かって行きました。


 そして


 ネリメリアお婆さん以上に同行を反対されたのが私です。

「いくらなんでもヨーコさんを危険な目に遭わせるわけにはいかん」

 クロガンスお爺さんは、そう言い困惑しきりです。

 これには、ガークスさんさんやネプラナさんも同意し、頷いています。


 ネプラナさんは、私と同年代の女性ですが

 彼女は、家の修理や壁の修繕などの力仕事を普段からこなしているお方ですので、私と比較する方が失礼というものでしょう。


 テマリコッタちゃんも、ラテスさんと一緒に不安そうな表情を浮かべながら私を見つめていました。


 ですが


「いいえ、私も同行します。ぜひ、させてください……」


 ネリメリアお婆さん同様に、私も一歩も引きませんでした。


 現場を見て

 現実世界の品物で何か役に立つ物があるのかどうかを、現場を見たうえで判断したい。

 そして、持って来たい


 口には出せませんが、

 私はその思いでいっぱいでした。


 私が、一歩も引かないのを見て、クロガンスお爺さんは、一度大きくため息をつくと。


「いいかヨーコさん。これだけは絶対に守ってくれ。


 現場ではワシの言うことを絶対聞くこと。

 勝手に歩き回らないこと。

 ワシより前に出ないこと。

 ……いいね?」


 そう言って。私の顔をのぞき込んできたクロガンスお爺さん。

 私は、そんなクロガンスお爺さんに、大きく頷きました。


 ほどなくして、私達調査隊は、街を出発しました。


 街の北の門を出た私達は北へと進んで行きます。

 私やクロガンスお爺さんの家に向かう道にはいらないで、そのまま少し東側に直進していきます。


 ゆるやかなのぼり坂


 道はほどなく森の中へと入っていきます。

 鬱蒼と茂った木々に覆われている私達の周囲は、雨雲に覆われた空の影響も相まってとても薄暗く感じます。


 ほどなくして水の音が聞こえ始めます。


 なんでしょう

 その音を聞いただけで、私は自分の胸がきゅっと締め付けられるような感覚にとらわれました。


 胸を押さえながら

 前を行くクロガンスお爺さんの後を必死に追いかけます。



 そこからもう少し昇ったところで、クロガンスお爺さんは立ち止まりました。

「……ここじゃな」

 そう言うと、クロガンスお爺さんは目の前に木の枝を無造作にかき分けていきます。


 その先には、



 川がありました。



 その川は

 すでにかなりの水量をたたえながら流れています。

 水は土色です。

 川幅はそんなに広くありませんが、その分流れがとても速いです。


 これがオトノン川なのでしょう。


 クロガンスお爺さんは、川を何度か見回しています。

 その真横にやってきたネリメリアお婆さんも同様に、首を左右に振っています。


 すると、

「あそこじゃ」

「あそこだね」

 2人は同時に、川の一箇所を指さしました。

 

 そこは、オトノン川が急激に蛇行している曲がり角


 私達は川沿いを歩きながら、そこを目指していきます。


 川沿いの道は、おそらく普段なら通りやすいのだろうと思います。

 ですが、昨夜から振り続けている雨のせいでぬかるみまくっているため、クロガンスお爺さんも、足をぬかるみにとられ、一歩歩くごとに、足がぬかるみにはまってしまい思うようにすすめていません。

 ガークスさんや、イゴさんも同様です。


 ですが


 私とネリメリアお婆さん、ネプラナさんは、そこまでひどくありません。

 確かにぬかるみに足はとられていますが、はまるほどではないのです。


 そんなクロガンスお爺さん達に、ネリメリアお婆さんが言いました。

「お前さん達、そろいも揃って太りすぎなんだよ。もう少し痩せた方がいいんじゃないかい?」


 言われて見れば

 クロガンスお爺さんも、ガークスさんも、イゴさんも、ちょっと恰幅がいいといいますか……


 そんなネリメリアお婆さんに、さすがのクロガンスお爺さんも、どこかバツが悪そうな表情を浮かべながら

「わ、ワシはそういう種族じゃからな……これでいいぐらいなんじゃ」

 と言いますが、ネリメリアお婆さんは、ふん、と嘲笑を浮かべると、

「どうだかねぇ」

そう言いながら、先を急いで行きました。



 そんな私達がたどり着いた先



 オトノン川が急激に蛇行している曲がり角



 そこで、私達一同は、皆目を見開きました。

 

 蛇行している川の流れが曲がり角部分の土を、すでに相当量削っています。

 そのため、川の土手部分がすでに半分以上削られているのです。


 私達が見ている目の前で、

 新たに土手が崩壊し、濁流の中へと消えていきました。


「……こりゃ、悠長なことを言ってられんぞ……今すぐどうにかせんと」

 クロガンスお爺さんは、そう言いながらも、その場から一歩も動きません。

 そんなクロガンスお爺さんに、ネリメリアお婆さんが焦りの混じった表情を向けていきます。

「どうにかって……どうすんだい?

 この流れだよ? 土を放り込んだってすぐに流されちまう……どうやって、どうにかするんだい?」

 ですが、クロガンスお爺さんは、無言です。


 おそらく、答えが見つからないのでしょう。


 皆さんも、その場で固まっています。



 そんな中、私はクロガンスお爺さんの側に駆け寄ると、腰の魔法袋からある物を差し出しました。

「ヨーコさん、なんじゃこれは?」

 それを初めて目にしたらしいクロガンスお爺さんは、それを手で触りながら首をかしげています。

 ネリメリアお婆さんやガークスさん達も、そんなクロガンスお爺さんの手元を見つめています。


 私は、そんな皆さんに言いました。


「これは土嚢袋といいます。これで、あの土手を補修できるかもしれません」

 そう言う私を、

 みんながジッと見つめています。



 いまだに降り止まない雨

 オトノン川の流れはいまだに速く、土手の一部がまた削られていきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る